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2008年05月13日

オブラート愛好者の独り言

薬を飲むときに、オブラートを使う人はどれくらいいるだろうか。
苦い薬を飲めないのは子供っぽくて格好悪い、という向きもあるかもしれない。だがあれはあれでなかなか便利なものだ。粉薬を直接口に入れなくてよいし、飲み残しが出ることもない。ぺらぺらしてて頼りないようでいて、口の中では溶けずにしっかりしているのも魅力だ。属性で分けると総攻や鬼畜攻ではないが、ヘタレ攻ぐらいではあると思う。間違っても受ではない。
さて、そんなオブラートを使っていてふと思った。最近、猫も杓子も「オブラートに包んだ表現」を用いたがる。確かにはっきりした言い方は角が立つことも多いから、これは仕方ないことかもしれない。「あなたって無能だよね」と言うよりも、「あなたにはこの仕事向いてないんじゃないかな? 他にもっとあなたを生かせるものがあると思うよ」と言う。大人の選択である。だが、何となくそれが落とし穴なんじゃないかという気がする。
もし前者のように言われたら、たいていの人は怒るか傷つくかするだろう。だが後者のように言われると、「はあ、そうですか」と何となく受け入れざるを得ない。しかし考えてみれば、この二つの意味はおおむね同じである。

「あなた」は「この仕事」について「力がない」。

どんな言い方をしても内容は変わらない。それならと大抵の人は、耳ざわりのよい後者の表現を使う。言われた方は何となく流してしまい、本来感じるべき怒りや悲しみ、傷ついた感覚はどこかへ消えてしまう。どこかへ——どこへ? 
そこで、本来のオブラートの用途に立ち返る。
オブラートの役割は、苦い薬を身体の中へ届けることだ。この場合も同じで、オブラートに包まれた言葉は腹の中に届き、やがて弾けて、負の感情を身体に広げていく。通常であればこういった負の感情は、何らかの反応ないし発散を必要とする。その場で反論するとか、友達に愚痴るとか、一晩泣き明かすとか、一人でカラオケに行くとか、とにかく精神面のマイナスを自覚して、それを解消しようと努めるのが普通だ。そうしないと心のバランスが狂ってしまうのだから。
だが、無自覚に口に含んだ苦味は発散されることはない。体内に溜め込まれ、砂のように、灰のように降り積もり、やがて現代にありがちな「漠然とした不安」や「やり場のない怒り」へと形を変える。いくらオブラートを使っても、それでは意味がない。しかし一番良くないのはそこではない。本来苦い薬が持っているはずの「効能」の部分が、全く無視されてしまっている点だ。
オブラートを使わなければ角が立つような発言は、いい大人がすべきものではない。言う必要があるとしたら、本当に相手のためを考えた時だけだ。明らかに仕事が向いていなくて、他のものを探すよう薦めてあげたいというなら、どんな言い方をしてもそんなに悪いことにならないだろう。しかし現実には、一時の感情的な暴言を、「オブラートに包めば言ってよい」という方に捉えている人が多い。そんなことでいいのだろうか。

本当に必要なのは、オブラートではなく、苦味はあるが効能もある、ちゃんとした「苦言」を呈せる大人ではないか——そんな気がしてならない。

投稿者 nekozo : 2008年05月13日 02:49

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