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2005年07月21日

40にしてDO-TEY

「The 40 Years Old Virgin」という映画の予告編をネットで見た。40才にして性的に未経験の男性が、何とかパートナーを見付けようと四苦八苦する物語である。この男性、予告を見た限りではさして女性に縁がなかったわけでもない。ただ、いざ事に及ぼうとすると経験がないものだから、この年齢にしてはあり得ない失敗を冒してしまい(例:ブラジャーの外し方を間違える)結局経験出来ずに終わってきた様だ。

映画自体をまだ観ていないので何とも言えないが、このストーリーがコメディとして成立しているのは、主人公が男性だという点にあると思う。女性の40才で性的に未経験、というのはどちらかというと悲哀めいたものを感じさせるが、男性の場合はまた違う。若い内は特に問題にもされないだろうが、ある一定の年齢を超えると「何か問題のある人なのでは……」と痛くもない腹を探られることがないとは言えない。個人的な都合や縁で経験がない、というだけの話であっても、何やら社会的な側面から問題として提起されることさえありそうな気がしてくる。

ところで、英語では女性だろうが男性だろうが、未経験の場合は「Virgin」と言うのだということはこの予告編で始めて知った。男女同権が叫ばれる国だからなのだろうが、日本語では未経験の女性を「処女」、男性を「童貞」と使い分けていることを考えると、これもいわゆるお国柄の違いかと思えてくる。ちなみに個人的には「童貞」を英語に訳すとすれば「Virgin」より「Cherry boy」の方がしっくり来る様に思う。だが日本語ではどちらも統一して「童貞」であるから、ある意味平等と言えなくもない。

それにしても、日本語の童貞という単語には、何だかそれ自体が照れ笑いを浮かべた性器そのものの様な印象がある。コミカルだがどこか気恥ずかしく、見て見ぬふりをするしかない。面と向かって、「あなた童貞でしょう」などと思っていても口にすることはないし、またそれを「はい、そうです」と肯定されてしまった場合、どう反応すればいいかはかなり微妙だ。「やっぱり! そうだと思いましたよ!」というのも角が立つし、「ええ!? そうは見えません!」というのも嘘っぽい。大体、そう見えない人に対して「童貞かもしれない」などと思うわけない。というわけで、童貞問題というのは口にされることなく、そうでない人の間でだけ目配せで「あいつはきっとそうだ」と語られるに留まっているのだろう。

性的な問題はあくまでもプライバシーを尊重するべきだし、未経験だろうがそうでなかろうが、それがその人のアイデンティティに関わると思ってはいない。本来ならば笑ってもいけないことなのだろうが——だが何となく、40才の童貞のコメディならば笑っても許される様な気がするのはどうしてだろうか。

投稿者 nekozo : 2005年07月21日 00:39