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2005年05月25日
Life goes on
日々ちょこちょことnintendogsをプレイしている。うちの犬ブラウニー(焦茶のダックスフント、性別:♂)君はなかなかの芸達者で、本日ついに犬の美技を競う「ドッグ・コンテスト」のチャンピオンシップで優勝を果たした。短足のダックスにしては快挙なことで、飼い主としても喜びを禁じ得ない。猫派であることに代わりはなくとも、バーチャル犬を飼っていて良かったと思う瞬間である。
とはいえ、犬を飼うということは、実際にはそんなに簡単なことではない。散歩や食事といった世話はもちろん、生きているのだから病気もするし、子供ができたりもする。だがそれ以上に難しいことがある。それは『寿命』である。
そこそこの年齢の人なら多分意識しないだろうが、ご高齢の方になると、犬の寿命より自分の寿命が先に尽きることを恐れて飼うことができなくなるという。自分がこの世を去った後、犬がどうなるかと思うととても飼えないそうだ。そうなると、どんなに犬と暮らしたくても、公園などで散歩している近所の犬をぼんやり眺めるだけの日々を送らざるを得ない。とても切なく、寂しい話だ。
だがnintendogsの犬ならばそんな心配はない。ゲーム機の内臓電池で動き、ソフトを本体から抜くと時間さえ経過しない。電源を入れるといつでもそこで飼い主を待っている。明日も、明後日も、それこそ十年先でも。うちのブラウニーの「寿命」は、このソフトの全データを消去して中古屋に売り払う瞬間まではほぼ確実に続くし、またそうしない限りは半永久的に生き続ける。しかしふと、こんなことも考えてしまう。
今から五十年ぐらい経って、「ねこぞう」と呼ばれていた一人の老人が死に、その孫が老人の道具入れから古びた携帯ゲーム機を発見する。旧式のコンセントを通し、電源を入れると茶色いダックスフントが現れて、大喜びで画面に飛び付いてくる。半世紀ぶりの飼い主との対面にしっぽを振り、エサをねだり、五十年前に録音された飼い主の声をじっと待っている。ブラウニーにとっては、画面の向こうでタッチペンを持っているのは常に「ねこぞう」であって、それ以外の誰かではあり得ない。そして、実際にその声は聞こえてくる。但し録音された当時より、ずっと幼い子供の声で——。
その新しい声を誤差の範囲内と認識するかどうか、それはブラウニーの自由だと思う。
もし五十年後の「ねこぞう」が良い老人として孫に好かれていれば、孫はブラウニーの世話をしてくれるだろう。
もし現在の「ねこぞう」が良い飼い主として、ブラウニーを大事にしていれば、五十年先でもブラウニーは「ねこぞう」の声に応えてくれるだろう。
これはただのゲームで、数ヶ月したら飽きてしまう一本のソフトかもしれない。だが五十年先の未来、新しい犬と人との関係が生まれるかどうかは、この数ヶ月にかかっている。
そんな気持ちでゲーム機を開けると、ブラウニーはやっぱり飛び付いてきた。
コンテストの優勝と、五十年先の孫のことを思って、今日はブラウニーをたくさんたくさん撫でてやった。
2005年05月23日
K駅にて
自宅に最寄りのK駅には様々な人がいる。そしてその大半は若者である。四月の入学式のシーズンなどは、世界の人口の90%は大学生なのではないかと思うほどの数で、カジュアルな服装に身を包んだ学生たちが歓迎コンパの声を上げている。他にいるのは、家族連れや主婦を除けばホスト風の青年が多く、夜半を過ぎるとどういうわけかデパートの鏡の前でダンスの練習に興じているヒップホップ風の男性まで現れる。はっきり言って、大半が自分には縁のない人種だと思う。
だがそんな中でもとりわけ縁がなさそうなのが、先日すれ違った彼である。前述のK駅使用者の中でも異彩を放つその風体は、派手な赤いチェックのシャツに尻の線ぎりぎりまでずり下げたズボンというもので、言ってみれば「大学生+ホスト+ヒップホップ」にもうひとつ「鉄砲玉のチンピラ」を足した様な感じだった。年齢も若いのかけっこういっているのかよく分からない。多分声をかけたら返ってくるのは日本語ではないし、もしかしたら言葉ですらないかもしれない。何故かは知らないが、その日とても怒った顔で歩いていた彼は、しかしどういうわけか片手に「ドクター・ペッパー」のボトルを下げていた。
折しも先日、コンビニで「新発売!」として売り出されていたドクペプを見たばかりだったので、頭の中にはいくつかの仮説が浮かんだ。
1. 以前から愛飲していたドクペプが、さながらニューフェイスの様に扱われていることに腹を立てた。
2. 初めてドクペプを飲み、こんなうまいものの存在を今まで誰も教えてくれなかったことに苛立ちを覚えた。
3. 信頼している仲間にドクペプを「罰ゲーム用のドリンク」だと罵倒された。
だがどの仮説にしても、それまで全く縁のなかった彼の姿は突然身近に感じられ、何となく世間に優しくなれそうな気がしたことは確かだった。
自分が目にしたボトルにはまだ、口のところまでたっぷりドクペプが残っていた。彼はあの後きっと残りを持ち帰って楽しんだに違いない。そう考えると思わず口元が緩む、ほのかな初夏の夕暮れであった。
2005年05月10日
今日あった変なこと
解散したとあるバンドのメンバーがソロプロジェクトを始めている。
それはいいんだけど、さっき彼のサイトをのぞいたら、「高田馬場AREAゲスト出演決定! チケットの予約はこちら→」とあって、何故かドコモのメールアドレスが貼ってあった。最近はケータイのメールもこういうことに使えるようになったのかなぁと一瞬思ったけど、どう考えても無理がある気がした。
2005年05月09日
お次は猫の話題
映画「下妻物語」で有名な下妻を訪れた方から、下妻のご当地キティを頂きました。お話に登場する二人の女の子、ヤンキーのイチゴちゃんとロリータの桃子ちゃんのファッションを模したキティです。ヤンキーの方には、ちゃんと「下妻上等」「御意見無様」と映画にも登場するキャッチフレーズが書かれていて、なかなかイカツい感じです。ロリータの方はピンク色のドレスでとってもかわいいです。ひとしきり喜んだのですが、その後で余計な事に気が付きました。
実は以前に原宿限定のご当地キティを買ったことがあり、それがゴスロリファッションだったのです。違いの分かる人がそう大勢いるとは思えないので、説明しておくと、「下妻物語」に出てきたロリータファッションは、白やピンクを基調としたいわゆる「ロリータ」、或いは「甘ロリ」と呼ばれるものです。ゴスロリの方はこれにゴシックの要素を取り入れたもので、色は主に黒、使われるモチーフも十字架など、ダークな雰囲気が漂っています。基本的には同じような形のドレスですが、二つの間にはだいぶ違いがあります。
そんなゴスロリキティを机の隅から探し出してきて、ロリータキティと並べてみました。驚くべき事に、色以外は細部に至るまで全く同じでした。もうひとつのヤンキーの方がほぼ二等身で形成されているのに対して、ロリータの方だけが中途半端に2.5等身であることの謎がこれで解けました。恐らく、彩色以外の全ての工程をゴスロリ版の鋳型で作ったのでしょう。「下妻」好きの自分としては、もう少し手を加えて欲しかった様な気もして少し残念です。
でも、これでご当地キティの無茶な魅力が損なわれるわけではありません。ヤンキーもロリータも非常にかわいらしく、携帯やキーホルダーを彩ってくれます。他にも、各地で「ふぐキティ」「武田信玄キティ」「写経キティ」「チャグチャグ馬こキティ」等々、様々なキティがみんなを待っています。ねこぞうの地元では「お遍路キティ」「阿波踊りキティ」「徳島ラーメンキティ」などが駅や空港に並んでいました。ちょっとしたお土産に、またはコレクションに、国内どこへ行っても楽しめるすごい文化だと思います。
そんなご当地キティで、いつか「スタジオエトセトラキティ」ができたらいいですね。
関係ないですが、「そういえばディズニーランドにはご当地キティってないよなぁ」とさっきちょっとマジで考えていました。
……あるわけない。
2005年05月07日
nintendogsの続き
今日の犬日記です。マイ犬はすでにおすわり・ふせ・お手等の芸を覚えています。近所の散歩も、だいぶ遠出が出来るようになりました。一度すれ違ったよその子犬が、マリオの帽子をかぶっていたのに驚愕したのですが、うちでも「ライオンヘアー」というアイテムを拾ってきました。付けるとライオンの様に顔周りがふわふわになり、ちっともかわいくありません。マリオの方がよかったなぁと考える今日このごろです。
でもこうしてバーチャルにでも犬に接してみると、その忠実さに驚かされます。飼い主が入ってくるとキャンキャン言いながら寄ってくるし、出された命令をこなすと誇らしげな顔でこっちを見ています。頭なんか撫でてやった日には、「この世の至福」といった風情でうっとりとしていて、何と幸福な生き物かと思わされます。猫派猫派と思っていましたが、犬には犬の良さもあるかもしれません。かといって、決してリアル犬に手を出したいとは思わないのが人生ですが。
そんな風に出会いよりもすれ違いを求める日々を送っていますが、弊害もあります。時折駅の近くなど歩いていると、リアル犬を連れたおばさんなんかが散歩をなさっており、なんとなく間違えてDSを開きそうになってしまうのです。もちろん相手はリアルなので、遊びに来ることもなく、アイテムなどももっていません。「なんだあ、本物か……」とがっかりしてDSを閉じる傍らを、リアルチワワがいぶかしげな顔で通り過ぎていきます。こうして考えると、「犬も良い」と属性に幅ができると同時に、「でもリアルはダメ」と逆に自分が狭まっているような気もして、複雑な思いに駆られます。
犬と共に過ごす日々は楽しいものですが、果たしていつまで続くのでしょうか。ブームに乗って、三ヶ月もすれば犬のことなど忘れて本体ごと中古屋に売ってしまうのでしょうか。リアル犬との別れは悲しいものですが、バーチャル犬とはどうなのでしょうか。犬だ猫だ、バーチャルだリアルだという前に、自分の思い入れ度合いをもう少し高めて接してみたいと思います。
2005年05月04日
猫派ですが
nintendogsをやっています。
戯れに飼い始めたミニチュアダックスフントですが、それなりに愛着も湧き始めました。
街中に「すれちがい通信」を求めて出てみると、先日二人、今日一人立川で子犬に出会いました。
どの子犬も、うちの犬よりたくさん特技を持っていて、見たことのないアイテムをプレゼントしてくれます。
うちの犬が持っているのはたいてい「水」とか「ミルク」などの量産型実用品(しかも安い)なので、
その度ちょっと悪いなあという気にさせられます。
立川付近でnintendogsを持ち歩いている方々、どうもすみません。そしてありがとうございます。
もし暇があれば国分寺の駅前で時々うろついて頂けるとうれしいです。
その内、レアアイテムのひとつでも持たせますので、何卒よろしくお願いします。