時は1996年。ぼくも宮山も追いつめられていた。すでに二度、予約していた人々へ遅延のハガキを送っている。お金を先にもらっている以上、できませんでしたではすまない。でも、いいかげんなものを作るのだけはいやだった。時間がいたずらに過ぎていく一方で、予算はなくなっていた。当初180ページ前後の予定だったが、やがてページ数は200を越え、300も過ぎ、気がつくと500ページに迫っていた。挿し絵もモノクロではやはりイメージが伝わらず、けっきょく無茶を覚悟で16枚全部をカラーにすることになった。借金が重なって、もはや社会生活は崩壊状態。ぼくらはすべてを捨てて、クローシャを守ろうとした。 |