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2005年12月08日
音楽バトンでお久しぶり
お久しぶりです。向山です。
とある理由からスタジオエトセトラ下関支部長のたこすけ氏のところから、ネットバトンをいただきました。そんなわけで、久しぶりの更新です。質問内容は「音楽」に関するお題。しかし、実はぼくはこの「音楽」というやつには一方ならぬ苦い思い出があって……
質問1:PC、もしくは本棚に入っている「音楽」
ぐちゃぐちゃにいろんなものが入っています。というのも、ぼくはほとんど自分でCDを買うことが未だにありません。——サザンぐらいでしょうか、いつも買っているのは。子供の時に実家がまったく音楽を聴く習慣がなかったために、大人になった今も、音楽を好きにはなったものの、なんとなく普通の人ほど自然に聴けない部分があります。
小学校の頃、教室の前で一人ずつ立たされて、先生のピアノの伴奏に合わせて歌を歌わされるテストがあったのですが、自分の番の時に緊張のあまり、どうしても歌い出しを合わせることができずに、何十回もやり直させられた思い出があり、未だにそれがトラウマになっているのかも知れません。長くカラオケも避けてきたのですが、これはねこぞうのおかげでなんとか克服することができました。それでも間が空くと、今でもマイクを持つ手が震えるのですが。
そんなためか、なかなか自分から音楽を選ぶっていうのができないでいます。それでもiTunesにもCDラックにもけっこうたくさんのアルバムが入っているのは、ひたすら周りのみんなのおかげです。ねこぞうに大塚愛にはめられ、洋司にnine inch nailsを教えてもらい、ひらやんの影響でbump of chickenを聴き、zackyに向山用特製音楽セレクションCDをもらったりして、いつも少しずつみんなの音楽の趣味をお裾分けしてもらっています。だから、ぼくにとっての音楽はいつも「誰かの音楽」。たとえば、Xの「紅」を聴くと、このバトンをくれたたこすけの顔が浮かんできます。
前はそれじゃいかん、と思って、いっしょうけんめい自分でCDを探し歩いてみたこともあったのですが、年を取っていくに連れて、それはそれで良い音楽の聴き方なのではないかと思うようになってきました。
質問2:今妄想している音楽
これはまだあまり詳しく書けないのですが、新作に音楽が深くからんでいるので、やたらとそのへんのことは毎日妄想しています。主人公がいつも聴いているCDが物語の鍵にもなっているので、音楽なしでは話になりません。でも、考えれば考えるほど自分に音楽の素養がないことを痛感し、日々、ザッキーに「コード進行って何?」とか「パーカッションってどんな楽器?」なんていう質問をしながら、必死に知識をかき集めています。
質問3:最初に出会った音楽
上でも書きましたが、実はぼくは七歳頃までほとんど音楽を聴いたことがありませんでした。せいぜい教会で聴いた聖歌隊や、デパートで流れているBGMぐらいのものです。何しろ当時のうちの家にはレコードプレイヤーがありませんでした。それどころか、まともなテレビもラジオもありませんでした。テープレコーダーはあったのですが、ラジカセとかではなく、父が大学のスピーチや授業を録音するために使っていたもので、とても音楽を聴けるようなシロモノではありません。だから、7歳で日本に帰ってくるまで、レコードというものの存在をおぼろげにしか知りませんでした。そんなやつが現代にいるのか!って感じですが、紛れもなく事実です。
で、最初に出会った音楽ですが、ズバリ「コンバトラーVのテーマ」です。小学校一年の時に下関に引っ越して、そこで近所に住んでいた同級生の男の子「たけら」に学校帰りの道すがら、歌詞を教えてもらったのが今でも鮮明に記憶に残っています。しばらくしたら、自分でも口ずさみ、ついには寝ても覚めてもコンバトラーのテーマが頭から離れなくなってしまいました。今でもフルコーラスをソラで歌える数少ない曲のひとつです。
V! V! V! ビクトリー! コンバイン1、2、3……4、5、出撃だ〜。大地を揺るがす超電子ロボ〜♪
質問4:特別な思い入れのある音楽
これは難しい。本当に難しい質問です。
すでに上で散々書きましたが、本当に音楽に関しては思い出が全般的に少ないので。
ただ、ひとつ、とても思い出深いアルバムがあります。桑田佳祐がソロではじめてリリースした「Keisuke Kuwata」という一枚です。これはぼくが十八歳ぐらいの時に出た作品だと思いますが、当時体を壊して長期入院していたあと、自宅で療養中で、どんどん友達や同級生がそれぞれの道へ巣立っていく中、一人取り残されたような気分でいました。
その頃でした。このアルバムを聴いて、はじめて歌単独で涙が出てくるほど感動するという経験をしたのは。特に「いつか何処かで」は永遠に忘れない曲になりました。今でもこのアルバムはiTunesの中に入っていますが、再生するたび、下関の高台にあるバス停で、ぼんやり空を眺めながら「自分は何処へ行くのだろう」と考えていた当時の自分の姿が頭をよぎります。
ウォークマンから流れる「遠い街角」が「Oh oh, the wandering streets、Oh oh, just never to meet、夢のOh oh別れ道〜」と耳元で歌っていて、それを聴きながら初めて人生は無数の別れ道に満ちているのだということを実感として感じました。束の間、道を共にしても、人は皆いつか別れていってしまう。それはどうしようもないことで、世界は初めからそういうように作られているのだと。……でも、ふと遠い日に懐かしい思い出として、別れた人たちのことを、愛おしい過去の風景を、こうして音楽と共に思い出すこともできるのだと——
どこまでも高い秋の空を見上げながら、十代の終わりに、そんなことを考えていました。
投稿者 向山貴彦 : 2005年12月08日 11:46