2005年09月24日
お寿司のある風景
今でこそ全国にレベルの高い回転寿司店が立ち並んで、お寿司というのは必ずしも高価な食べ物ではなくなってしまったが、少なくてもぼくが小学生の頃にはまだなかなかお目にかかれる食べ物ではなかった。
だいたいお寿司といえば、いなり、かんぴょう巻き、太巻きあたりがせいぜいで、せいいっぱい奮発しても、向こう側が透けて見えるえびが一枚乗ったちらし寿司が関の山だった。町内会の集まりで「今日はお寿司が出る」という噂が駆け巡った夜に、お皿に並んでいたのはかんぴょうと卵焼きと細いきゅうりが巻いてあるだけの巻きずしだったし、入院している時に献立表に「お寿司」と書いてある日があったので、楽しみにしていたら、酢飯の上に錦糸卵と桜でんぶが散らしたものが出てきたりした。
とにかく「お寿司」に関する限り、必ずといっていいほど期待を裏切ってくれる時代だった。
だから、「小僧寿し」という小さな店がジャスコの前にできた時も、別にさして気にも留めなかった。小学校三年生前後ぐらいの時期だったと思う。ファーストフードのような店構えができていくのを見て、束の間、マクドナルド下関1号店を期待したりもしたが、店名が漢字なのを見た瞬間、素直にあきらめた。
ところがしばらくすると、学校の友達や、近所のおばちゃんの間で妙にこの「小僧寿し」という名前を良く聞くようになった。そして、さらにそれに伴って、「手巻き」というあまり聞いたことのない単語も耳にするようになった。すでに体験した友達の間では「シーチキン巻き」というのが大変に評判が良かったのも憶えている。なんでもそれはマヨネーズ味なのだという。また、「えびきゅう」という、これまた聞いたことのないものも話題に登ることが多かった。こちらもマヨネーズが入っているということだけしか分からなかった。
今となっては、巻き寿司にマヨネーズを入れるのなんて、照焼ソースのハンバーガーと同じぐらいありきたりな存在になってしまったが、海苔巻きにマヨネーズという発想は、当時は衝撃的なものだった。また、今はどこのコンビニでも置いている「手巻き寿司」という独特のパッケージも、当時は何か不思議な魅力を持っていたのも確かだ。
町内会の干からびた海苔巻きぐらいしか寿司体験のない当時のぼくだったが、それでも徐々に「小僧寿し」への興味は広がっていった。しかし、新しい情報に疎いうちの両親が小僧寿しの存在に気が付くはずもなく、我が向山家の食卓に手巻き寿司が到来するにはまだかなりの月日が必要だった。
そんなぼくの元に、手巻き寿司は意外な形で訪れた。
当時のアパートの隣室に住んでいたWさん一家が上のお子さんの誕生会に招待してくれた時のことだ。人のプレゼントを勝手に開けてぼくらが遊んでいると、Wさんのお父さんが「ごはんだぞー」と言いながら、何やら大きな袋を抱えて仕事から帰ってきたのである。お父さんはぼくらの前で袋を炬燵の上に逆さまにして、中からたくさんの細長い包みを取り出した。一斉に子供たちから歓声が上がる。ぼくはそれが何か微塵も分かっていなかったが、男の子の性で、とりあえず一緒になって「やったー、やったー」と喜んだ。
どうやらぼく以外のみんなはそれが何か分かっているらしく、さっさと一本ずつとって、器用にビニールをはがし、中のごはんの固まりを転がしている。「説明を読む」というのは小学生の男の子にとって、屈辱的な行為だったので(「誰かに聞く」に至っては死ぬ方がましなことだった)、とにかく見よう見まねで「それ」をビニールから取り出した。醤油をつけておそるおそるかぶりついてみると、なんだかおいしい。それが何かさっぱり分からなかったけど、おいしかった。
実はこの頃、ぼくは生魚というのが一切だめだったのだが、この時、適当に取っていたのは鉄火巻きだった。普通なら生のマグロなど吐き出してしまっていただろう。——ところが、そのあまりに奇妙な形状にぼくはよもや巻いてある赤いものが生の魚だとは夢にも思わず、先入観なく食べたので、普通においしく食べてしまった。あとでこっそり「これ何?」ってWさんとこのおばちゃんに聞いたら、おばちゃんが「てっかまき」だというので、いっしょうけんめいその名前を憶えて家に帰った。
そして、次の日、「夕ご飯、何食べたい?」と聞かれたぼくは、母親にためらうことなく「てっかまき」と答えた。
そんな名前がぼくの口から出て来たことに驚きを隠しきれない母は、何かの間違いだと思って、ぼくに聞き返した。
「うそでしょ?」
「うそじゃないもん!」
「もう一度言ってみて」
「てっかまき」
「それって、生のお魚だよ」
実はこの時、ぼくは内心ものすごい衝撃を受けていたのだが、そこは男の子——一回、胸をはって言ったことを取り消せるはずもなかった。それで「し、知ってるよ!」と言ったあと、部屋に戻って鬱になったりした。
おそらくこの日、もし母親がぼくの言葉を真に受けて、スーパーでマグロの刺身を買い、家で細巻き寿司を作っていたなら、ぼくはやはり気持ち悪がって食べていなかっただろう。でも、賢明なうちの母はぼくの態度に不審な点を感じ、すぐにとなりのWさんのところへ昨日のことを聞きに行ったらしい。
かくして、その日の我が家の食卓に初めて小僧寿しが登場し、家族揃って新しい寿司時代の到来を祝った。
以来、今日までぼくは小僧寿しの大ファンである。関東では「京樽」というチェーン店の方が幅を利かせているが、ぼくは足繁く近所にある小僧寿しを目指す。何しろ、あの頃のぼくに生の魚を食べさせておいしいと思わせることができるような店は偉大な店だと今でも思っている。
投稿者 向山貴彦 : 2005年09月24日 21:43