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2005年07月15日
玲奈カジがもし細見えだったら
世の中には業界用語というものがある。ある特定の仕事の人同士でしか使われない言葉のことである。
ぼくがお世話になっている出版業界でもたくさんの業界用語が日常的にとびかっている。「ゲラを戻す」とか「束見本があがる」とか「赤を入れる」とか「トルツメ」とか、普通の人が聞いたら首を傾げるか、誤解するかの言葉のオンパレードである。(実際、最初に「夕方までにゲラを戻して下さい。」と言われた時、うっかりそれが「夕方までにゲロを戻して下さい。」に聞こえたため、いったい何をさせられようとしているのか、本気で不安になったことがあった。)こういう「言い回し」はどれも知り合い同士の迅速なコミュニケーションのために発明された言葉で、忙しい時に時間を節約するためのちょっとした工夫である。
思うに、「職業」という区切り以外にも、いろんな社会的集団ににおいて、その中でしか使われない「業界用語」があると思う。中でも性別や年齢という区切りごとにある「業界用語」というのは、誰もが経験があるのではないだろうか。——つまり、ある一定の時代に生まれた同じ性別の人間同士でしか伝わらない言葉や表現というのがあるように思えるのだ。
たとえば少年ジャンプ全盛時代に多感な少年期を送ったぼくらの脳髄には、ジャンプ独特の表現が今も数多く息づいている。だから、たまに同級生などに道端で会うと、いきなりそいつの背中にダダダダとパンチを連打で浴びせ、「北斗百裂拳」と叫びたい衝動にかられて仕方がないのだ。(この時の台詞はほかにも「ペガサス流星拳」「フラッシュ・ピストン・マッハ・パンチ」「スペシャル・ローリング・サンダー」「界王拳四倍」など、当時思い入れの強かったマンガのタイトルによって若干変わる場合がある。)ぼくらの世代はこれがコミュニケーションになる。その上で、「おー、おまえか。」「懐かしいな。」などと言いながらヘッドロックを掛け合う世代なのだ。
なんだか例としていささか不適切なものだったような気もするが、どのみち不適切な世代なので、気にせず話を先に進めることにする。とにかく、このように世代別、性別別にも、独特の「業界用語」というのがあるように思う、というのが今日のワンパラの主題である。
なんでこんなことを考えたのかというと、実はさっきスタジオの片隅でいらない雑誌をひもでくくりながら、積み上げてあった雑誌の束の一番上に置いてあったnon-noの今月号をなんとなく目で追っていたからだ。何回読み返しても、どうにも表紙に書いてあることがよく分からない。その号の特集なのだろう。表紙には真ん中辺りに、大きくこう書いてある。
「ふわ揺れスカートは指名買い!」
何回読んでも、まったく意味が分からない。日本語なのに、書いてある内容について、「スカート」というのが辛うじて何か分かるのがせいいっぱいである。一瞬、よっぽど夏バテがひどいのかと思った。
またその上にはこうある。
「きちんと見えてずっと活躍 夏モテ「ブラウス」、細見え「ちびポロ」」
戦術的な暗号にしか見えない。前に帝国陸軍が太平洋戦争の時に使っていた暗号表をどこかで見たことがあったが、この文面とやや似ていたような気がする。
とりあえず主語が何だかさっぱり分からない。
活躍するのはいったい誰なのか。あるいは活躍するのはブラウスなのか? それともちびポロなのか? いや——そもそもちびポロというのは何なのか。ニュージーランドあたりで新しく発見された海洋生物なのか、それとも少々思考に難のあるデザイナーが考えた新しいキャラグッズなのか!?——しかも、その「ちびポロ」は「細見え」な「ちびポロ」である。
ぼくにはなんのことだかさっぱり分からないパラレルワールド版の日本語のようなこの文章が、なんの説明もなく、普通に表紙に載っているということは、おそらくこの雑誌の読者にはこれだけで特集の内容がどういったものなのか分かるのだろう。一瞬、書店でこの号の表紙を見て「わー、細見えのちびポロがちょうどほしかったんだー」と思っている女の子の姿を想像してみたが、どうしても小さめの奇妙な海洋生物を抱えている女子高生の姿しか浮かばない。
それでもまだこの二つはいい。なんとなくでも前者はヘアスタイルについて——後者はなんらかの洋服の選び方についての特集だということが辛うじて想像できるからだ。問題はこの号の一番上に、巨大なゴシック体で書かれている次の文である。
「愛され玲奈カジがお手本!」
もはやギリギリで日本語だとしか分からないこのフレーズから、いったい何を想像していいのかさえ分からない。たぶん玲奈というのは誰かの名前だとは思うのだが、もし違っていたら恥ずかしいので、そう想定することもままならない。まさかカジが玲奈の下の名前だとは思わないが、そうだったら怖いのでそれも頭の奥へ追いやっておく。そして、金田一春彦が激昂しそうな、何を修飾しているのかさっぱり分からない文頭の「愛され」——
「玲奈カジ」が何のお手本なのかは分からないが、少なくても日本語の作文のお手本でないことを祈るばかりである。
あまりにもこれらの見出しが印象的だったので、戯れにほかの号も見てみると、ぱっと目についただけでこんなにも得体の知れない見出しが並んでいた。
「どっちも欲しいON/OFF事情別バッグ」
「TAKAKOさんの「花ラブ」メイクBOOK」
「街の人気は「揺れ感」ヘア!」
「どうする!? 大人ニキビ」
「子供カジュアルとは差をつける」
正直、これらはもう業界用語を通り越して、独特の日本語体系ではないかと思う。もし近い将来、国内で若い女性と我々との間に戦争が起きたら、彼女らは普通にしゃべるだけで暗号になるので、我々は圧倒的に不利になるのではないかとさえ危惧してしまう。
あるいはすでにもう彼女らの侵略は始まっていて、これらの言葉も本当はファッション誌の見出しにカモフラージュされた内地の援軍への暗号通信なのかも知れない。そう考えると、「子供カジュアルとは差をつけろ」はいかにも秘密の命令のような気がしてくるので、一刻の油断もできない。何しろ、うかうかしているうちに「玲奈カジ」に背後をとられているかもしれないのだ。
そうなったら、もはや北斗百裂拳でも手遅れに違いない。
投稿者 向山貴彦 : 2005年07月15日 01:09