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2005年06月14日

名前……なんだっけ?

あるなしクイズ。
次のものにどれも全部あるもの、なーんだ。

エレクトーン
セメダイン
ウォークマン

どれも「科学戦隊」を上につけると、スーパーヒーローのチームに見える?

うーん、惜しい! でも、残念ながらはずれだ。
そう。答えはどの製品も「使われることのない本当の名前」がある——が正解!
この三つの名前、ともすれば忘れてしまいがちだが、本当はどれも登録商標であって、一般名詞じゃないのだ。

だから、厳密にはヤマハ製以外の「エレクトーン」は電子オルガン、または電子ピアノと呼ぶのが正しい。でも、音楽の先生でさえ、普通にカワイの電子ピアノを「はい、そこのエレクトーン動かして」と言っているのが現実だ。それはそうだ。今時子供用のSF番組でも「電子」などという単語は使わない時代である。「電子オルガン」という単語が現実社会で使われることがあるとしたら、レトロミュージックを売りにしたアマチュアバンドのバンド名ぐらいだろう。

ましてや、「セメダイン」などはさっきからずっと考えているのだが、どうしても本当の名前が浮かんでこない。「瞬間接着剤」? いや、これは「アロン・アルファ」の方だ。「セメダイン」って本当はなんと呼ぶのが正しいのだろう? 「科学のり」? ——いや、これじゃ人造された手巻き海苔みたいだ。
おそらくちゃんとした名称もあるのだろうが、ぼくらにとってあの「プラモデルを作っている時、しばらくあけっぱなしにしていたら、抽出口が固まってしまい、何をしても出てこないので、力一杯踏んづけてみたら反対側の端が破裂して、学級会のプリント三枚を着脱不可能な状態にした黄色い半液体」は「セメダイン」以外の何ものでもない。

そして、「ウォークマン」は間違いなくソニーの商品名だが、この一世を風靡した機械も、ついに本当の一般名称を知られることなく、今や黄金期を終えようとしている。たぶん「小型携帯録音再生装置」とか、中国語のような複雑な漢字名があるのだろうが、友達のウォークマンを指さして、「おっ、それってビクターの新しい小型携帯録音再生装置じゃない?」という人は極めて珍しいと思う。せっかくデジタルミュージックプレイヤーという、いささか言いやすい名前のものに生まれ変わろうとしていた矢先、iPodの登場で、再び本名を忘れられてしまいそうなので、実に名前に恵まれないジャンルといえるだろう。

ジャンル別に言うなら、変化と刷新が著しい食品業界もこういった「名なし商品」がよく目につくジャンルである。味の素、味ぽん、ケロッグ、お茶づけ海苔、カップヌードルなどが代表的な例だが、中にはうちの母のようにレトルトカレーはすべて「ボンカレー」、きゅうりの漬け物は全部「キューちゃん」と呼ぶような人だっている。何しろうちの母にとって、80年代以降、音楽をやっている男性三人のグループはすべて「TMネットワーク」だし、サングラスをかけている芸人は全員「タモリ」だ。父に至ってはテレビに出ているすべての男性は「ビートたけし」という名前できれいに統一されている。

こういう「あだ名」が「正式な名前」にとって変わった例でも、今まであげたように社会的に認知されているものはまだいい。名前には時々家族の中で勝手に発明されて、さもそれが世界中に通用するかのように豪語されているものというのがある。大人同士の家族なら、そういうものを使うのもありだろう——しかし、世の中のことを何も知らない幼児に、それが辞典に載っている世界標準の呼称のように教えるのはどうだろう。

そう、うちの両親に言っているのだ。

悪気がないのは分かっている。しかしだ。——しかし、こんな場面を想像してみてほしい。
小学校六年生の昼休み。すでに羞恥心もすっかり出来上がっている男子生徒が一人。ドッジボールではりきりすぎて膝小僧をすりむき、痛いのを我慢して保健室へやってきた。そこには保険の当番だった同じ組の女子生徒二人が救急箱を持って待っている。——いったいこの「女子」という不可解な生き物はなぜこういつも「くすくす」笑っていられるのか謎に思いながらも、じっと膝が消毒されるのを見守っていると、女子の一人が赤チンを塗るための綿棒を見つけられないらしく、うろうろし始める。そして、どうにも発見できないので、もう一人の女子に聞く。「ねえ、あれどこだっけ?」と言いながら、その女子は綿棒をつまむ形に指を上げて、苛立たしげに繰り返す。「ほら、あれ! なんて言ったっけ!」

どうやら「綿棒」という言葉が出てこないらしい。タイミング悪いことにもう一人の女子もその単語が浮かばなかったらしく、二人揃ってうなり始める。実は綿棒の束は救急箱の陰に隠れていて、ちょうど男子の位置からしか見えないのだ。それで、とっさにその方角を指して、自信を持って、何ひとつ疑うことなく、男子は幼少の頃より家族の中で言い伝えられてきたそのいにしえの名前を呼んだ。
「ほら、あそこにあるよ、耳くちゅくちゅ。」

クラスの男子に黙っていてもらうために、その日、ぼくははじめて人前で土下座した。

いつになるか分からないが、ぼくが親になったら子供には正しい日本語を使おう——その時、心にそう固く誓った。だから、そろそろ準備のためにこれからはウォークマンを見る度、「小型携帯録音再生装置」と呼ぶようにしようと思う。周りの人にいくら「味の素とって」と言われても、「え、この化学調味料のことかい?」と断固として返事をする訓練をしなければならない。だから、今これを打っているのも、マックではない。これは「パーソナルコンピュータ」なのだ。そして、さっきから飛び回っている蚊を退治するためにつけたのは「ベープマット」ではなく、「電子蚊取り線香」だし、その蚊にかまれたあとに塗っているのは「かゆみ止め」であって、断じて「ムヒ」などではない。何よりもその「ムヒ」……もとい「かゆみ止め」を塗るのに使った先っぽが丸くなっている棒は、天地神妙に誓って「耳くちゅくちゅ」なんかであってはならないのである。

投稿者 向山貴彦 : 2005年06月14日 23:04