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2005年03月24日
うちの父親の名前はジョー(マジ)
ぼくの父親は面白い人だ。
子供の時からおぼろげにそう感じていたが、会わせる人会わせる人がみんな「面白い人だねえ」と言うので、たぶん間違いないと思う。こういうパターンでありがちなのは、「子供だけは父親の良さが分からない」というやつだが、ことうちの父親に関しては、そんなこともない。息子から見ても見逃しようがないほど、あからさまに面白い人だからだ。
うちの父は酒も煙草もやらないし、悪い遊びと言うことに一切興味がない。還暦などとっくに過ぎているが、遠くから声をかけると子供のように走って近づいてくる。ほっとくとすぐに木に登ったりとか、畑を耕したりとかしていて、暇さえあれば山道を何時間も散歩している。誰も停めないと、時々そのまま隣の県まで歩いて行ったりしてしまう。
大学の先生という仕事柄もあるが、家にいる時はほとんど英文学の詩集(それもロマンチックなやつ)を読んでいて、たまに会ったぼくの友達に「人間はやっぱり愛だねー」などと突然話し出す変な人だ。
それでいて若い時には戦後の混乱期にGHQで働き、やがて戦争してた相手国家のアメリカに留学して、以降二十年以上日本に戻ってこなかった無茶な人生を送っている過去もある。そして、おそらく父親の世代で、息子の所にiMacから定期的にメールを送ってくるような人間は父親だけだと思う。息子のぼくにもまったく正体が分からない。
父親の世代の楽しみといえば、普通は公園でゲートボールをしながらおにぎりを食べたりすることだ。しかし、うちの父は大好物がマクドナルドのビッグマックである。たまに実家に帰って外食することになると、ぼくはヘルシーにそば屋に入ろうとするが、父親はビッグマックを食べたがる。そしてビッグマックと一緒にポテトとコーラのLを頼む。
まことしやかに子供を集めて、「私は一昨日、散歩の途中に霊を見た」と語り始めるような人である。しかも、本人が自分の話を信じているのだから、尚更面白い。母がスーパーにおつかいに行かせると、豚肉と牛肉や、レタスとキャベツの区別がつかず、結果的に向こう十年分ぐらいの味噌を買ってきてしまうような人だ。小学校の授業参観に来て、子供たちが誰も手を挙げなかった質問に、教室の後ろからなんの疑問もなく「はい」と手を挙げるような人である。しかも、その答えを間違えるような人だ。
確かに愉快な人だ。我が親ながら、ほかにこんな人はいないな、と思う。
ひとつだけ欠点をあげるとすれば、何かの拍子に「文学」について話し始めてしまうと、相手が誰であろうと、相手が聞いていようといまいと、死後十日経った死体であろうと、決してやめないということぐらいだ。「そんなのたいした欠点じゃない」と思う方は、ぼくの友達の誰でもいい、聞いてみてほしい。みんな、目がうつろになるまで話に付き合わされた経験が一度や二度はある連中ばかりだ。
うちの父に出くわした時のために、注意事項をいくつかあげておこう。
【注意点1・質問をしない】
(どんなに英米文学からはなれたことでも、質問の答えはすべて英米文学に関連して答えられるので、どんなささいなことも聞いてはならない。悪い例:「父ちゃん、次の電車いつ来るの?」「息子よ、それはいい質問だ。人間はみんなあるべき場所で来たるべき電車を待っているのだ。」「いや、父ちゃん、中央線の快速のらないと遅れるから。」)
【注意点2・質問に答えない】
(父親の授業に出席中の学生にとって、これはかなり難しいことかもしれないが、目を合わせないようにするとか、万が一目があったら腹膜炎を起こすとかして、逃げ切ろう。悪い例:「それじゃ、一番前のあなた、あなたにとって「夢」というのはなんですか?」「えっと……将来結婚して幸せな家族を作ることかな。」「そうです。英語では夢のことをdreamといいます。これはそもそもラテン語で……(以下二時間略)」 良い例:「それじゃ、一番前のあなた、あなたにとって「夢」というのはなんですか?」「先生、今母が危篤だと電話があったので帰ります。」)
【注意点3・会話の中に外来語を使わない】
(父の前では基本的にはさんまの正月ゴルフの「英語禁止ホール」と同じように振る舞うのが良い。万が一も英語をひとことでも使うと、その単語の語源を紀元前まで遡って説明されてしまう。悪い例:「先生、フライドポテト食べますか。」「あなたは今、フライドポテトとこれを呼びましたが、これは英語ではfrench friesといって、そもそも19世紀に移民文化が……(以下二時間略)」)
もしそれでも万が一捕まってしまったら、逃げる手段として以下の三つの方法だけは記憶しておいてほしい。この三つの方法以外では逃れることは不可能だからだ。
非常脱出手段1:なんらかの内蔵疾患を起こす
非常脱出手段2:三親等以内の家族に危篤になってもらう
非常脱出手段3:話が終わるまで幽体離脱する
そんなぼくの父親だが、生まれてこの方三十四年、「こうしろ」「ああしろ」と言った説教をされた記憶がほとんどない。たいていぼくが何かを相談したら、無条件でぼくの意見に大賛成し、全面的に応援してくれる(もちろん二時間半チョーサーについて語ったあとにだが)。また、大学教授を何十年もやっている今でも、まだ学生たちよりもよほどたくさん毎日勉強している父だが、ぼくに「勉強しろ」といったことは今まで一度もない。フロストの詩に関する解釈のアドバイスは軽く百時間ぐらいは聞いているが、それでも人生に関する押しつけがましい意見はひとことも発したことがない。
そんな父親が昔ひとつだけアドバイスをくれたことがある。
たったひとつだけなので、異常によく記憶に残っているのだが、それがあまりに英米文学とか、大学教育からかけ離れたアドバイスだったので余計印象に残っているのだろう。
それはこんな内容だった。
「結婚する相手だけはよーく選べ。それだけで人生は幸せになれる。」
中学校の時に聞いたこともあって、意外な内容に少々面食らってしまったが、今考えると、これほど的確なアドバイスはほかにないと思う。人間はけっきょくどこで何をどうするかではなく、それを誰とするかですべてが決まるということなのだろう。
それを聞いたあと、ぼくは父親に逆にこう聞いてみた。
「じゃあ、父ちゃんは今幸せなのか?」
父は自信たっぷりに言い切った。
「ああ、幸せだ。幸せだとも!」
ぼくはいつか年を取ったら、こんな大人になりたいと思う。
投稿者 向山貴彦 : 2005年03月24日 23:06