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2005年03月23日
心臓もとまるような話
心電図を取るのが苦手だ。
というのも、あの装置にはひとつ大きなトラウマがあって、それが未だに克服できないのである。
中学生の時、学校での集団検診ではじめて心電図というものをとることになった時、ぼくは「心電図」がどんな検査なのか、当日までよく分かっていなかった。ただ、字面からして、なんとなく心臓にプラグでも差し込んで、電気でも送りそうなおぞましいイメージがあったので、妙に緊張だけはしていた。
ひとこと誰かに「心電図って何?」と聞けば良さそうなものだが、それは中学生男子をやったことのない人の意見である。一度でも中学生男子を経験したことがある人なら、そんなことをすればすぐに「おまえ、怖いんやろ」と言われて、根も葉もないおぞましい嘘を教えられ(例:「心電図って鼻の穴から小型カメラを突っ込んで、内側から肛門の写真を撮る検査に決まってるだろ」)、まさかとは思いつつも汗だくになって順番を待たなきゃいけない上に、そのあと卒業まであだ名が「でんず」に確定してしまう。そんな目に合うぐらいなら、どんな恐ろしい検査であろうと、黙って受けた方が絶対にましというものだ。
そんなわけで、五時間目の終わりぐらいに前の順番のやつが保健室から戻ってきて、次はぼくの番だと教えられた。もう、全身冷や汗だらだらで心電図を取りに保健室へと向かったのだが、頭の中では太いケーブルが鼻に差し込まれるところがぐるぐる回っていて、やる前から鼻の穴が痛くてたまらなかった。
保健室につくと、いつもの優しい保健室の先生ではなく、ボブサップのお母さんのような人が白衣を着て待ち受けていた。もう朝からずっと心電図ばかりとっているからなのか、思いっきり機嫌が悪く、ぼくが保健室に入っても「そこに横になって」とひとこと言うだけで、何やら怪しげな機械をいじりはじめていた。得体の知れない無数の吸盤のようなものと、放射能汚染で巨大化した洗濯ばさみのようなものがジャラジャラその手元でゆれている。ぼくの緊張はもはや限界に達していた。
周りにほかの中学生男子が誰もいないことをしっかり確認してから、蚊の鳴くような声でおばちゃんに訪ねた。
「これって痛いんですか?」
ボブサップのお母さんは一回ぼくの方を見て、珍しい生き物でも見るかのようにまゆをしかめてから、黙って準備に戻った。簡易ベッドの上に腹を出して横になった時点で、もう完全にまな板の上である。潔く針金のように緊張して、死刑執行を待つしかなかった。ボブサップ母はそのぼくに、事務的な手つきで吸盤と洗濯ばさみをとりつけ、泣きそうな顔をしているぼくの表情がよほど面白かったのか、しばらくこっちを見下ろしていたあと、ひとことつぶやいた。
「そんな緊張せんでええよ。」
その言葉に一瞬気がゆるみかけたのも束の間、おばちゃんが何気なく付け足した。
「でも、電気流すから、これ一個でもはずれたら死ぬから。」
おばちゃん、真顔でそう言い終わると、表情ひとつ変えずに心電図の機械のスイッチを入れた。
その瞬間のぼくの表情を見せてあげたい。
何しろ足についている方の洗濯ばさみなんか先っぽがちょっとはさんであるだけで、今にもはずれそうなのだ。もう、息を必死に止めて、まぶたがぴくぴくしている状態で、ベッドの上で硬直していた。頭の中では「なんでそんな危険な検査をこんな学校の保健室で片手間にやってるんだ!」という凄まじい怒りが込み上げてきたが、とにかく動いたら命が危ないのだ——声ひとつ出せない。で、そんなことをしているうちに右手のせんたくばさみがゆっくり倒れ始めてきて、ぼくは思わず悲鳴をあげそうになった。
おばちゃん 「こら。動くなて言うただろ。焼け死んでもしらんで。毎年この検査で全国で何人も死んでるんだからな。」
「だったら、そんな適当にハサミとめんなよ、ばばあ!!」と心の中で叫んだが、もしこの人の機嫌を損ねたら、次に目がさめたら焼死体になってるかも知れない。もうひたすらだまって耐えた。でも、そんな状態でうまく心電図が計れるはずもなく、おばちゃんはぶつぶつ文句を言いながら「じっとしてろな。これあんまり長いこと電気流していると、心臓が破裂してしまうからな。」と無表情で言う。
前略、ボブサップのお母さん……今だから突っ込ませていただきますが、どうか冗談は冗談らしい口調で言って下さい。
その事務的な口調で言われても、ミドリムシ以下の知性しかない中学生男子には冗談だと分かりません。
あの時、自慢じゃないですが、ぼくは本当にちょっともらしましたよ。
あの日以来、二十年以上経った今も、どうもあの心電図というやつをつけられると、おばちゃんの淡々とした口調がどこからともなく聞こえてきて、決まって看護士に「緊張してますか?」と聞かれてしまう。で、そのたびに右足の洗濯ばさみがちゃんとついているかどうかを、しっかり確認してもらって、あとは運を天に任せて祈っている。
だから心電図の結果、いつも「いやに脈が速い」と必ず診断されてしまうのも、とても不本意な話だ。
投稿者 向山貴彦 : 2005年03月23日 03:28