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2005年03月04日
あなたの知らなくていい歴史 part1
こんばんわ。社会科の時間です。
今日は「地方都市におけるファーストフード業界侵攻の歴史」をテーマにお送りします。司会進行は私、30代半ばで臆面もなくハッピーセットをイートインする向山「ロナルドマクドナルド」貴彦が務めさせていただきます。
1980年以前の我が国を振り返ってみると、まだごく一部の大都市圏をのぞいて、ファーストフード店といえば、ジャスコの二階のゲームコーナーのとなりにあるアメリカンドッグとやきそばとかき氷の店「ハッピーパーラーのぶ」ぐらいしかない黎明期でした。この頃はまだファーストフードという言葉そのものにもほとんど馴染みがなく、ホットドッグというと、衛生管理を睡眠学習で会得したような汚いパン屋で時折売られている、魚肉ソーセージの入った揚げパンとかのことでした。この魚肉ソーセージ、なんとか肉に似せようと、中途半端に赤色102号でいっしょうけんめいそめてあるのですが、何分、もとはメルルーサとか怪しい白身の魚なので、せいぜいピンク色にしかなりません。この「俺はソーセージだ。誰がなんと言おうとソーセージだ」という感じに言い張っているピンク色がなんとも哀愁深い食べ物でした。
とにかくハンバーグとハンバーガーにまだはっきり区別がついていなかった時代です。外でコーヒーを飲むといったら、溶かしたキャラメルのように甘いUCCの缶コーヒー一択の時代です。現代ではもはや健康食品に分類されつつあるビスコやカルピスが体に悪いとされて、なかなか買ってもらえなかった時代です。「今日は久しぶりに手料理にしよう」と言っている主婦が、いつものお総菜ではなく、冷凍食品を買って帰るような今の時代から比べると、それはもう不便で不便でしょうがない時代です。何しろ「うる星やつら」がPTAから「不健全で教育上、問題のある図書」に指定されるような時代です。今なら、「うる星やつら」など下手したら文部大臣推薦図書になりかねないものだから、どのくらい昔かわかろうものです。
そこで、今回はある典型的な地方都市、山口県下関市へのファーストフード流入の経過を例にとって考えてみることにしましょう。参考文献はただひとつ:「おれのおぼろげな記憶(2005年初版)」ですので、多少の誇張や甚だしい間違いなどもどうか御了承下さい。
まず最初にやってきたのが「ロッテリア」である。これは下関初の大型複合施設「シーモール」の正面玄関脇にオープンしたもので、当時テレビのCMでしかそういう文化を知らない下関の人々は、即この店のことを「マクドナルド」と呼び始めた。
その頃の典型的な小学生の会話:
相手「おい、今日帰りにマクドナルドいこうぜ。」
ぼく「えーっ! マクドナルド下関にできたの?」
相手「何言ってんだよ、前からあるじゃん、シーモールに。」
ぼく「あれ、ロッテリアじゃないの?」
相手「あ、そうだっけ? じゃあ、とにかくマクドナルドで待ってるよ。」
そんなわけでこの時期のロッテリアはよく「ビッグマック」とか「チキンマクナゲット」とか、謂われのない理不尽な注文を受けていた。
ちょうどその頃、父親の大学で交換留学のために日本にやってきた外人さんからこんなことを聞かれた。「町からちょっと離れたところに「コケバーガー」という名前の店があるんだが、あれは本当にコケなのか」。確かめに行くと、確かにあった「コケバーガー」。英語ではmossはコケという意味で、厳密にはsがひとつ足りないのだが、mosという別の単語が存在しないため、同じ意味にしかとれないのだ。当時、未だ見果てぬマックへの夢を心に抱いていたぼくにとって、この新しい店の「しょうゆ味のハンバーガー」はあまりにも受け入れられないものだった。今は「テリヤキバーガー」はぼくの個人的ベスト1バーガーになってしまったが、とにかくその時は「これはハンバーガーではない」と自分的に結論を出してしまった。
この時期、実はもうひとつひっそりとオープンしていたお店があった。
今では知らない人のいない「ミスタードーナツ」である。
どういうわけか、下関ではこのミスドがかなり早い時期から進出していた。そして、地元住民の文化にまるでなじめず、「なんか甘い」という想像を絶する理由で嫌われ、数年で敢えなくつぶれてしまった。この時のミスド側のショックがよほど大きかったのか、その後、ほかのお店が全部出店したあとも、ミスドだけは世紀が変わる頃まで下関に来ることはなかった。きっと、ミスドの新規出店会議でよくこんな会話がされていたに違いない。
若い社員「渡辺部長、この下関って町、けっこう大きいのに、なんでうちってここだけ支店出さないんですか。」
昔を知るベテラン社員「いいんだよ、あそこは。」
若い社員「でも、となりの八幡とかにも出してるのに、なんで……」
昔を知るベテラン社員「(ちょっと苛立って)しつこいね、君も。いいんだよ、あそこは。」
若い社員「でも、一応市場調査とかしてみようかと……」
昔を知るベテラン社員「(急にキレる)うるせえな! あの町はいいんだよ! あそこは魚しか食ってないからなんにも分かっちゃいねえんだ……くそー、くそー。(苦い思い出を思い出しながら、下関を地図上でぐりぐり塗りつぶし始める。)」
多分最近急速に何店舗もミスドができたのはきっと渡辺部長が定年退職になったからではないだろうか。今では下関でもドーナツ文化はよく馴染んでいる。
そして、八十年代半ば、下関の文化を根底から揺るがす大事件が起きる!
ケンタッキー下関駅前店の開店である。
(つづく)
投稿者 向山貴彦 : 2005年03月04日 20:19