« 笑っていいともは一人で見ると途方もなく寂しい | メイン | 伝説のスタジオ公式飲料 »
2005年02月22日
読まないと大変なことになるぞ
十代のみなさんは驚くかもしれないが、大昔、テレビにはリモコンというものがついてこなかった。
じゃあ、どうやってチャンネルを換えていたのかというと……はい。そのまさかです。
いちいちチャンネルを換えるために、立ち上がって、テレビまでいって、換えていたのである。
今から考えると、信じられないことだ。今のようにCMのたびにチャンネルを換えていたら、それこそテレビを見るのが反復横跳び運動みたいになってしまうので、立派なダイエットになるかもしれない。
だから昔の人はあまりチャンネルを換えなかった。たとえ高木ブーが想像を絶する滑り方をしても、刑事ドラマの犯人が放送開始後5分で分かってしまっても、がまんしてその番組を見ていた。何しろチャンネルを換えるにはテレビまで歩いていかなければならない。そんな体力を使うぐらいなら、そもそもテレビなんて見やしないというものだ。外で走り幅跳びでもした方がましである。
ところが、そこにお茶の間の救世主——そして、テレビ局の悪夢の元凶——リモコンが登場した。このリモコンがほぼすべてのテレビについてくるようになると、もはや昔のような悠長な番組作りなんてしていられなくなった。番組開始から最初のCMまでになんとか視聴者をつかまえておかなければリモコンの電波がとんでくる。
そこで80年代には、テレビ局のスタッフみんながいっしょうけんめい面白い番組を作ろうと努力した。脚本で工夫し、演出で工夫し、司会で工夫して、とにかく興味を引くこと、関心をとらえることに必死だった。ドラマはコマーシャルの入る手前やあとに山場を持ってきて客を確保し、歌番組は無理にでもジャニーズのアイドルを出演させ、サスペンス劇場には必ず売れない女優のシャワーシーンが入った。思えばいい時代だった。
ところが、90年代後半からテレビ局は「面白さ」に変わる、もっと効果的な視聴率の取り方を発見してしまった。
昔のテレビは「面白いから見てね」というのが定番だった。ところが、最近のテレビでは、いつの間にかこの文句が「見ないと損をします」という脅し文句に変わってしまった。ニュース番組でも、バラエティ番組でも「インフルエンザの脅威」「花粉症の恐ろしさ」「北朝鮮の陰謀」「テロの危険性」と、番組ごとにどれだけ我々が危ない社会に住んでいるのかを、逐一思い出させてくれる。たった一件の通り魔事件が起きると、「我々の住む町ももう安全なところではなくなってしまったんですね」とあおり、あたかも普通に生きていて、いつ見知らぬ人に刺されてもおかしくないかのように司会者が振る舞う。でも、実際には増えたとはいえ、そんな事件は相変わらず数えるほどしか起きていない。確率的には雷に当たって死ぬ危険性の方がおそらく高いだろう。
昔はこういう番組の最後には「しかし、このようなケースは特種であり、決して恐れる必要はないかと思います」などと付け加えていたものだった。それが今では 「あなたも例外でない」、「誰でも危険性がある」というのが番組のサブタイトルのようになってしまっている。それを見ていると、なんだか世の中どんどんおかしくなっているようにも思えるが、通り魔事件も、残忍な犯罪も、インフルエンザも、ほかの伝染病も、そう……戦争だって全部昔からずっとやっていることばかりだ。チャンネルを換えるのにいちいちテレビまで行ってがちゃがちゃしていた時代から、ずっとである。ただ、それらの情報の中から「思いやり」が消えてしまっただけなのだ。そして、代わりに「恐怖」が加えられた。
テレビの番組だけではなく、CMも、本も、映画も、その他の商品も、みんなお客さんを脅してつかまえるのが現代の商品戦略の常である。「これを買わないと損をする」「これを持っていれば恥ずかしくない」「あなただけがまだ持っていない」……こういう文句があっちこっちに氾濫している。そして、その結果、現代人はみんなが何かにトラウマを抱え、何かにびくびくして暮らしている。ぼくもその一人だ。
リモコンがなかった時代、内緒で11PMを見ていて、いつ親が入ってくるかにびくびくはしていたが、それでも今のように不用意に通り魔や花粉症に怯えて暮らすよりはいささかましだったような気がする。それが今はいつも何かに怯え、苛立ち、焦って生きている。果たして、それはぼくとぼくの周りだけの話だろうか……?
あの時代へ巻き戻すためのリモコンが見つからない。
投稿者 向山貴彦 : 2005年02月22日 01:02