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2005年02月25日

雪の夜に思ふ

大雪の東京から生中継でお送りしています、本日のワンパラ。
現在の東京はこんな感じです。

たくさん雪が降ると不便なことばかりで大変なのに、同時にセンチメンタルで楽しい気分になるのはなぜなんでしょう。

ただ珍しいからだけなんでしょうか。

いや、たぶんそうなんですけど。
(何しろ北国の人とか間違っても「今日は雪だから楽しいな」などと思うことはないと思うし。)
ただ、大事なのはその「珍しい」ってとこなんじゃないでしょうか。

確かに東京にはそうそう雪は降りません。降ったとしても、積もるのは年に一、二回あるかないかというレベルです。もちろん屋根が潰れるほど積もることもないし、よほどの雪でも数日でだいたい幻のように消えてなくなります。でも、だからこそ雪の降った年や、雪の降った日は何年たっても思い出すことが出来るのでしょう。

雪に備えのない関東では、大雪が降るというのはちょっとした非常事態なので、そういう日はハプニングも起きやすく、さらに記憶に残りやすくなります。しかも緊急事態下——特に大雪のように、「誰のせいでもない天災」がその原因だと、人間はけっこう無条件に助け合うことができるみたいです。雪で困っていると、ぜんぜん知らない人が助けてくれて感動したり……なんていう経験がある人も少なくないのではないでしょうか。だからなのか、あとでふりかえってみると、雪の日は「大変だったけどいい思い出」という場合が割と多い気がします。

振り返ってみると、ぼくが住んだことのあるのはいずれも雪の少ない地方なので、本当に小さかった頃まで遡っても、たくさん雪の降った日は全部思い出せる気がします。ただ面白いのは雪を見ている時の気持ちや、周りにいた人や、冷たさや静けさという感覚はかなり明確に思い出せるのに、その場所がどこなのか思い出せないものがけっこうあります。

雪がたくさん降った時の風景がどこも似たようなものだからなのかもしれません。どんな国も、どんな町も、どんな時代も、けっきょく雪が降ってしまえば、みんな似たような景色になってしまう。悩みも、苦しみも、雪が降っている間だけはただの「雪の日」になってしまう。

窓から庭一面に降り積もった新雪を見渡していると、なんとなく塗り損なった塗り絵を誰かが夜のうちに消しゴムできれいに消してくれたような気がして、見慣れた塗り絵をまた塗り直してみるのも悪くないな、とひそかに思う、そんな雪の日。

投稿者 向山貴彦 : 2005年02月25日 01:19