2005年02月11日
機械音痴という病気
自称、機械音痴という人をけっこう見かける。
綿棒にまでモーターが付いている時代に、これはけっこう生きていくのが大変だろうなと思っていた。でも、よくよく考えると「機械音痴」の人なんて本当にいるのだろうか?
おもしろいことにぼくは他薦の「機械音痴」を見たことがない。「機械音痴」は往々にして自己申告制である。「私、機械音痴なんだ」というセリフは非常によく聞くが、今まであんまり「おまえって機械音痴だな」とか「あいつはとても機械音痴だ」と言っているのを聞いたことがない。
たとえばぼくの古い仲間で、やまそうというのがいる。彼は本来スタジオのスタッフなのだが、三、四年に一度しか姿を現さないうるう年のような人なので、正規のスタッフも噂しか知らない人である。このやまそう、中学校の頃、自称機械音痴だった。今ではスタジオ内で伝説となっている彼のエピソードが残っているので、紹介しておこう。
その頃、まだビデオは今ほど普及はしていなかったのだが、もうそろそろ珍しいものではなくなってきていて、レンタルビデオ店の走りのようなものも出てきている時代だった。そんな中、やまそうが始めてビデオを買ったときのこと――一緒にビデオを見ようということになって、水曜ロードショーか何かで録画しておいた「チャンピオン鷹」という香港サッカー映画のテープを持って行った。
それをやまそうに渡して、「じゃ、これかけてよ」といったところ、どうにも不安そうなやまそうはテープをもったまま、ビデオの前で立ちすくむ始末。
それでもじっと見守っていると、やまそうがテープの側面のシールが貼ってある側を挿入口から差し込もうとして苦戦し始めた。見かねて、ぼくが「やまそう、それ逆だよ」と声をかけると、やまそうは少し照れて「分かってるよ。ぼけただけだよ。逆だろ。」と言い返し、テープを回すと思いきや、表と裏をひっくり返して、そのまままた差し込み始める。当時のビデオなので、これがまたなぜか入りかけてしまったので、ぼくは悲鳴に近い声で「やまそう! 違う! 逆だって!」と叫ぶと、やまそうもあわててテープを引き抜いた。で、よほど間違えたのか照れくさかったのか、ぼくの方に振り返って、真っ赤になった顔で一言、未だにぼくの心に焼き付いているセリフを言った。
「分かってるよ。先にB面から見ようと思ったんだよ!」
まあ、確かに機械音痴と言えば音痴かも知れない。でも、そのやまそうはその後、テレビカメラのカメラマンになっている。少なくてもあのビデオデッキよりはテレビカメラの方が百倍はややこしい機械だと思う。ということは、その後、機械音痴は治ったのか、それとも今でもテレビカメラにテープの「B面」を差し込んでいるのか、それはぼくには分からない。
とにかく、あの頃はやまそうを笑っていたぼくだが、最近は人のことを言えなくなっている。何しろこのごろはボタンが二つしかないヒーターをつけるのに、考え込む始末である。何をどうやってもヒーターがつかない。きっと、いろんなことに気を奪われているので、ぼくの集中力が欠けているのだと思う。けっきょく「機械」が苦手なんていうのは、ほかに集中したいことがいっぱいあるので、「機械」まで手が回らないということなのだろう。
それか、ぼくのヒーターが壊れているか、どっちかだ。
投稿者 向山貴彦 : 2005年02月11日 17:25