2004/4/30 【祝日の哀歌】
ゴールデンウィークです。
実はさっき気がつきました。
実家の友達からかかって来た「帰ってこないの?」という電話に対して、思わず「なんで?」と聞き返しそうになるあたり、もう完全に社会生活脱落者です。どうしても一日中家に閉じこもっている上、〆切前だと土日も祝日もまったく関係ない生活をしているので、ともすると今日が何曜日かはもちろん、今が何月か――ひどい時には西暦何年か、も忘れてしまうことがあります。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主人公以外で「今、何年ですか?」っていうセリフを町で使っている人を見かけたら、それはたぶんぼくです。
そんな生活をしていると、祝日という制度に本当に疎くなります。クリスマスやお盆休みも、終わってから終わったことに気がつくこともしばしばあって……。一昨年、本当に忙しい年末にふと買い物に出てみると、デパートがクリスマスの装飾一色になっていて愕然としました。ケイタイ電話の日付を見ると、なんと23日! パニックになって、あわててプレゼントを買いにお店に走ったら、壁のカレンダーで23日は23日でも、11月23日だったことに気がついて、店員に「今年は早く買っておこうと思って」などと額の汗をぬぐいながら説明している自分にあきれました。(一月も前から「クリスマスセール」をやっているデパートの方もどうかとは思いますが。)
というわけで、今年も危なくゴールデンウィークを見逃すところでしたが、なんとかギリギリで思い出すことができました。おかげでこれからの一週間、ゆっくり行き交う笑顔の行楽客を仕事場の窓から呪ったり、恨んだりできそうです。
それでは2003年のか、2004年のか思い出せないのですが、とにかく良いゴールデンウィークを!
2004/5/4 【体に悪そうな話】
「ビッグ・ファット・キャット」シリーズを始めて以来、主人公 がパイ職人という設定もあり、よくアメリカのお菓子を調べた り、作ったり、食べたりする機会ができました。その中でひとつ
恐ろしいお菓子を紹介しましょう。
アメリカには「ブラウニー」っていうお菓子があって、これは チョコレートのケーキのようなものなのですが、日本で売ってい る生チョコのケーキなどを想像していたら、一口食べただけでも
精神的な食あたりを起こします。 アメリカのブラウニーは何が恐ろしいかというと、そもそも原 材料が板チョコと砂糖です。無糖の料理用のチョコじゃありませ
ん。普通の板チョコです。アメリカ人には板チョコの甘みが足り ないと感じて、砂糖を加えようとする人間が実際にいるんです。 しかも、そのお菓子が定着しています。
実家の友達にこのブラウニーを食べさせたことがあるのです が、彼は一口食べるなり、口に手を当てて「うぷっ」という何か が潰れたような声をあげ、そのまま青くなって固まってしまいま
した。辛い物や苦い物なら分かりますが、甘いものです。甘い物 でこの反応を起こす食べ物というのは半端なものではありませ ん。
余談になりますが、ぼくの直接の知り合いに、「コーラは薄味 だから」と言って、喫茶店でガムシロップをもらい、コーラに入 れて飲んでいるアメリカ人を知っています。彼に「いくらなんで
もそれって体に悪いんじゃないか?」と聞いたら、彼は得意満面 な顔でこう答えてくれました。 「だから、ちゃんとダイエットコークにしてるよ。」
とにかく話の種にでも、一度ブラウニーを食べてみたいという 方にはひとたつだけ忠告を。 国内で売っているブラウニーは多くの場合、日本人の味覚に向
けてアレンジされた偽物です。見つけたブラウニーが本物かどう かを見極める方法は簡単なので憶えておいてください。食べて三 十分以内に以下の三つの症状のいずれか、もしくは全部が現れた
場合、本物だと考えても無難でしょう。
1、糖尿病になった2、三本以上歯が溶けた(二本しか溶けなかった場合は砂糖分が 足りません。)3、死亡した
2004/5/8 【山とか谷とか】
なぜか、子供の時からことわざに妙に興味があって、いろんなことわざの意味を良く考えた。で、ずっと今日までひっかかってきたことわざがひとつあって、それが「人生、山あり谷あり」ってやつである。
最初に知ったことわざのひとつでもあるのだけど、もしかしたらこの言葉を知ったときにはまだ「ことわざ」という概念そのものもよく分かっていなかったかもしれない。とにかく父親の説明で、「人生にはいいこともあれば悪いこともある」っていう意味だということだけは何となく分かって、なんかすごく賢い感じがしたので、ぼくは何かある度に「人生山あり谷ありだよ」と悟りきったことをつぶやいているいやな小学生になった。
ところが小学校も高学年になってくると、ちょっと知恵がついてきて、おまけに少し反抗期にも入りかけていたのか、なんでも鵜呑みにはしなくなった。大人の言うことはなんでも一回疑うのが基本になった。そんなある時、遠足で近所の大きな山に登らされることになって、学年一同ぶーぶー言いながらハイキングしていた時、あんまり山道がきついのでふと思った。
「山と谷っていったいどっちがいいんだ?」
登りよりは確かに降りる方がずっと楽だ。だから、山道を登りながら考えると、なんだか山の方が悪いことのように思える。でも、山の頂上について、いざお弁当を広げて食べ始めると、やっぱりイメージとしては絶対山の方が谷よりはいい気がした。で、しばらく考えたのだがどうにも結論が出ず、とりあえず保留にしておくことにして、おやつのカプリコをむさぼり食った。
さらに数年が過ぎて中学生になると、精神もだいぶやさぐれてきて、なんか斜に構えたくなってくる年頃だったので、ある時ふと思いついた。
山も谷もどっちも悪いんじゃないか?
いい方なんてないんじゃないか?
けっきょく人生はいいことなんか何もないってことを言いたいんじゃないのか?
ちょうどふられた直後だったこともあって、なんかそれがとてもしっくりきて、ひとしきり国語の先生ともめたりしたあと、勝手に正解だと決めつけた。なんだかちょっとすれた考え方がすっかり気に入り、しばらく座右の銘として採用したりもしたが、けっきょくスーパーファミコンを買ってもらったのを機に、人生もそんなに悪いものでもないなと、すっかり忘れてしまった。
さらに年月が経ち、大学生になると、ことわざの授業を受ける機会があって、久しぶりにこのことを思い出した。で、あれからずいぶん増えた人生経験を元に、今度こそ山と谷、どっちがいい方なのか、結論を出そうと古語辞典まで調べてみたが、けっきょくかくたる結論には至らなかった。まあ、ことわざなんて所詮そんなものなのだろう、と肩をすくめた記憶がある。
そして、当年とって三十三歳になった今、ふとこのことわざの本当の意味に気がついた。 ――もしかしたら、わざとどっちにでもとれるようにしてあるんじゃないだろうか?山と谷という曖昧なたとえになっているのは、わざとなんじゃないだろうか? その曖昧さこそが人生の本質だと言いたいのではないだろうか。
つまり、確かに人生はいいことも悪いこともあるけど、でも、それはあくまで本人の見方の問題で、山がいいものに見えることもあれば、悪いものに見えることもある。降りていった谷だって、戻ってくるときには山になる。けっきょく、すべては解釈次第でいいことにも悪いことにもなる、ということが言いたいのではないだろうか。
足を机の上にのっけて、パソコンに向かってそんなことを打ちながら、最初にこの言葉を聞いた時から途方もない時間が経っているのを、束の間、強く感じた。
2004/5/27 【赤くなる話】
職業病として申請しても、たぶん労災は降りないとは思うのですが、仕事として文章を書くようになってからずっと患っている症状があります。
「赤ペン恐怖症」。
とにかく赤ペンで書かれた文字を見ると、「校正される!」と 思ってしまう恐ろしい病気です。 こんな仕事をしていてなんですが、ぼくは正直、あまり文章がうまくありません。それどころか、初稿をうっかり人に見られてしまうと、「これ、子供の時に書いた原稿?」と言われてしまうぐらい下手です。
仕方がないので、何度も何度も書き直して、そ れをねこぞうに再度校正してもらって、やっと毎回なんとか読める状態にしているのですが、このねこぞうの校正というのが凄まじくて、誰かが上で吐血したのかと思うほど真っ赤になって原稿が返ってきます。それを元にまた書き直して、今度こそ……と思うと、またねこぞうが真っ赤にして戻してきます。泣く泣くそれをまた書き直して、今度は出版社の方へ回すと、編集者からもやっぱり赤ペンで問題点が書かれて戻ってきます。そんなことを繰り返しているうちに、すっかり赤い文字を見るとびくっとなる体質になってしまいました。
最近は宅急便を受け取る時にはんこを押すと、なんだか自分の名前が校正されているような気分になるので、朱肉も青いものにしようかと本気で迷っているぐらいです。
実はこのワンパラだけは校正されていないので、どこか間違ってないか、心配で仕方がありません。たぶん大丈夫だと思うのですが……。
たぶん……。
× どこか間違ってない ○ どこか間違っていない
2004/6/10 【一人じゃ足りない】
今日発表された「女性一人当たりの出生率」がついに1.3人を切った。これはよく考えると、とても怖い話だと思う。地球温暖化とか、核兵器とか、鳥インフルエンザとか、怖い話がいっぱいある世の中だけど、実はこの数字が一番怖いと思う。
何しろ、子供というのは決して一人では作れない。一人の子供が生まれてくるのに、二人の大人が必要なのだ。
2人、である。
もう一度、この出生率の数字を見てみてほしい。
1.3人。
二人がかりで、やっと子供一人しか生まれない計算になる。これはどういうことかというと、誰がどう考えてもどんどん人が減っていくということだ。極論すれば、我々は限りなくゼロ――つまり全滅に向かっているともいえる。
でも、本当に怖いのはそこではないと思う。
本当に怖いのは、今が戦争や飢饉のような状態だから人口が減っているのではなく、裕福で安全であるにも拘わらず、自ら増えないことを我々が望んでいるということだ。
生物は本来、子孫を増やし、種を絶やさないことを望むようにプログラムされている。にも関わらず、ぼくらは自ら「増えない」ことを選んでいる。
ぼくを含めて、ぼくの周りのほとんどの人が三十代になっても結婚していない。男も女もである。みんなふつうの人で、結婚するチャンスもあると思うが、でもしていない。だから当然子供もいない。
理由は様々である。もっと仕事がしたい。一人でいたい。合う相手がいない。束縛されるのがいやだ。勉強がしたい……などなど。でも、本当はもしそうじゃなかったらどうしよう、とぼくは最近心配になっている。本当はもし自分の意思でそうしているのではなくて、もっと本能的な何かに操られているのだとしたら?
環境を汚し回ったあげく、自然を破壊して、戦争ばかり繰り返している人類に、遺伝子が愛想をつかしたのだとしたら? これは何もSFの話ではない。遺伝子にはそういう自滅スイッチのようなものがあることは昔から知られている。もし、それが実はもう発動しているのだとしたら……?
かつて昭和の頃、ノストラダムスの大予言で地球全滅が話題になったことがあった。みんな、嘘っぱちだと思いながらも、内心はだいぶ怯えたものだった。でも、今同じような話が出ても、なぜかあの時のようにみんな怖がらないのではないかという気がする。「まあ、しょうがない」と思ってしまうのではないだろうか。かく言うぼく自身も、そんな一人である。
きれやすい人が増え、子供を虐待する親が増え、意味もなく人を殺す事件が多発する。もしかしたら、人類が全滅する時は、かつてのスペクタクル映画で描かれたように、派手にドカーンと一日で全滅したりするのではなく、戦争も、疫病も、隕石落下もなく、ただ自らの意思によって内輪からゆるやかに全滅していくのかも知れない。
出生率を見ながらそんな怖いことを考えて、まあいいかと思っている自分に、また怖くなった。
2004/8/12 【私信ですみません】
実は二日ほど前にメールで懐かしい方からメッセージをいただきました。昔、いっしょうけんめい自主製作映画を撮ろうとしていた時期にたぶん、よく遊んでいた友達だと思います。(「だと思う」というのは、実は差出人が書いてなかったので、文面からの憶測でして。)あまりの懐かしさにすぐメールを返信したのですが、相手側がdocomoのアドレスで、尚かつ迷惑メールの防止のための「指定着信外拒否設定」にしているものと思われ、メールは戻ってきてしまいました。(もしこれを読んでいたら、また連絡下さい。待ってます!)
中学校の頃の友達で、たまにこうして十年とか二十年ぶりにメールをくれる方がいたりすると、本当にうれしくなる時があります。普段はけっこうメールやインターネットというメディアに疑問を感じていたり、時にこれが今の社会をだめにしている現況ではないかと疑ってみたりすることもあるぼくですが、そんな時は素直にこの「ネット」という存在に感謝しています。おそらくインターネットがない時代なら、二度と再会しないままだった人、一度も会うことなく人生を終えた人――がけっこうぼくの人生にはいます。
人生も三十を過ぎて、十代という時期が前世のように感じられる昨今、古い友達からのメールはまるで過去からの便りのように思えます。数行のメールでも、小さな宝物のようです。
擦れ違った数え切れないほどの人。一人一人ともう一度話せたらどれほど面白いだろうと思うことがあります。中学校の時に本気で殴り合った同級生……顔の記憶もおぼろげな初恋の女の子……よく対立していた先生……通っていた駄菓子屋のばあちゃん……いつか新宿の雑踏でゲームの話で盛り上がった見知らぬ学生たち……お金をなくしたのを見つけてくれた警察官……みんな、どこかで何かをして生きているという単純であたりまえのこと……でも、それを一通のメールで確認できるだけで、明日を生きていく元気が出てくる気がします。
そうだ。みんな、どっかでがんばっている。
ぼくもがんばろう。そう素直に思えます。
もし、向山貴彦にこの人生のどこかで擦れ違った人で、憶えていてくれる人がいたら、いつでも気軽にメールを下さい。その時、殴り合ったやつでもいいです。言葉を交わしただけの人でもいいです。今、どうしているか教えてください。きっとインターネットはそんなことのためにあるのだと思うんです。
【ワンパラベストを更新する】(2004/8/20)
お恥ずかしい話ですが、実に三年ぶりに「ワンパラベスト」の コーナーを更新しました。2001年半ばからつい先日書いた分まで のワンパラをまとめて掲載したのですが、数はそんなにありませ
ん。というのも、長年このサイトを見てくださっている方の多く がよくご存知のとおり、ぼくが更新をさぼっていたからです。
あ、はい。いいわけはあります。
忙しかった、というありきたりのやつが。
でも、やはりいいわけは所詮いいわけで、本当はさぼっていたという方が正しいに決まってます。
一応書いた分だけはハードディスクの片隅にまとめてとってお いたので、今日アップするのにひととおり読み返してみました。
2001年はちょうど「ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単 な英語の本」を作っていた年で、てんてこまいに忙しい時期でし た。後半は特にアメリカ同時テロの時期とも重なり、なんだか身
の回り、世界、ともに混沌としていた記憶があります。
2002年に入って、「世界一簡単な英語の本 」も発売になって ゆっくりできるなと思っていたら、すぐにBFC BOOKSを始めるこ
とになって、これまた2001年に輪をかけてめまぐるしく、何を やっていたのかも明確に記憶していない一年です。この時はもう このサイトのことも完全に忘れるほど時間に追われていました。
2003年も2002年と仕事のペースはあまり変わらなかったのです が、前の年よりは少し慣れたこともあって、周りを見る余裕が ちょっとだけできました。で、ふと気がつくと、このサイトの最
終更新日が半年以上前――気にはなっていたのですが、どうして も手をつけるだけの精神的余裕がなくて、けっきょくほとんど更 新せずじまいになっていました。
そして、今年になって、やっと少しずつ更新を再開しています が、まだまだ一ヶ月ぐらい更新が停まっていることもあり、反省 することしばしばです。
正直に言えば、この間、何度かサイトの停止、あるいは閉鎖も 考えました。でも、そのたびにサイトを立ち上げた頃のことを思 い出して、もう少しだけ続けてみようと思い留まることを繰り返
して、ここまできました。
このサイトを最初に作った1999年ごろ、ぼくはまだ作家として デビューもしていない学生で、作品の感想をもらう手段がこのサ イトを通してしかありませんでした。
何度か涙がこぼれるようなメールをもらったことがあります。 くじけそうな時によく励ましのメールもいただきました。みん な、よく憶えています。どれもこのサイトがあったからできた経
験でした。
このサイトも、ここに書かれていることも、いってしまえば、
みんなインターネットという架空の世界に浮かぶ虚構な空間に過 ぎません。でも、ここは同時にやはり、ぼくにとって、確かに存 在する大事な場所でもあります。
「童話物語」の冒頭に出てくるクローシャ大陸の詩に「誰も知 らない どこにもない だけど人がたくさん住んでいる場所」と いうのがあります。
ぼくにとってのこのサイトは、きっと、そんなところです。
【ハガキ一枚でできること】(2004/8/26)
職業作家になってから今年で五年。小説を書き始めてから三十 年。最近になってけっこう作品の感想をもらえるようになりまし た。口頭に始まって、メール、ハガキ、封書と届く形もさまざま
です。
ネットオークションで何気なく買い物をしたら、領収書と一緒に「BFCの続き楽しみです」という手紙が入っていたリして、 買ったのがアダルトビデオとかじゃなくて、本当に良かったと
思ったりもしますが、とにかく感想をもらうほどうれしいことは ありません。
出版界に関わる前に一読者だった時、何度か感動した本の作者 に感想の手紙を出そうとして、やめたことがありました。理由は 簡単です。「どうせ何百枚ももらってるのに、わざわざぼく一枚
の感想が増えたって別にうれしくもないよな。」そう思って、途 中まで書いた便せんを捨ててしまったことがありました。 もしか したら、ぼくと同じようなことを考えた経験のある方は多いので
はないでしょうか?
でも、これが大間違い。
作家になって五年。自分でも恥ずかしいぐらい、感想が来るの がうれしいです。ほとんどの感想は二度読み返すぐらいうれしい です。いい感想をもらった日は、そうでない日の2割り増し幸せ
で生きられます。
「でも、それって何十枚とかもらってうれしいということです よね?」と、この前聞かれました。
それもちがいます。
一枚でもはしゃぎます。「面白かった」っていう意見がある
と、一行でも大喜び。「あのシーンがよかった」って書いてある と、わざわざそのシーンを読み返したりしています。
感想の意見を書いたあと、「私一人の意見なんて関係ないと思 うのですが……」と付け加える方がけっこう多いのですが、実は けっこうたった一人の意見に左右されることがあります。少なく
ても、ぼくは過去二回、実際に一通のはがきの意見で大幅にスト ーリーを修正したことがあります。
こうして感想に一喜一憂する自分を見ていると、言葉の大切さ を何より思い知らされます。「ありがとう」や「ごめんなさい」 の持っている計り知れない力をなめちゃいけないと感じずにはい
られません。
時には百万円のお金よりも「ありがとう」ひとことの方が価値 があると思います。
事実、かつてすごく辛い思いをして完成した本が発売されたと き、書店に並んでいるのを見ても、原稿料をもらっても、少しも うれしくなかったのですが、たった一枚「書いてくれてありがと
う」というハガキが届いた瞬間、それまでの思いがどうでもよく なったことがあります。
これにはさすがに自分でも正直びっくりしました。たった一言 の「ありがとう」で、そんなに喜べるなんて信じられませんでし た。顔も知らない人からのありがとうひとつ。そんなんでいいの
か、おい>おれ! とあきれて自分に問いかけたら、怖いぐらい 素直に「あ、いいや」と思えてしまって、二度ビックリ。
自分の生き方を探して小説を書いている人もいると思います。 芸術的な価値を求めて書いている人もいると思います。でも、そ の瞬間、ぼくは自分がなんで書いているのかはよーく分かりまし
た。
【赤い袋のやつをくれ】(2004/9/18)
普通のやつが見つからない。
どこを探しても見つからない。
ぼくの家の周りにはどう少なく見積もっても半径1キロ以内に スーパーが6軒ある。コンビニに至っては優に20軒は下らない。 にも関わらず、見つからないのである。
普通のキャラメルコーンが。
「いちごマロン味」とか「アップルサイダー味」とかはどうで もいいのだ。ぼくは普通のキャラメルコーンが食べたいのだ。
でも、キャラメルコーンはまだいい方だ。たまに赤い袋の奴を 見かけることがある(たぶん鯨のベーコンを見かけるのと同じぐ らいの確立だと思う)
。
昔ぼくが好きだったチートスというスナック菓子の、一番標準 的なやつなんか、この十年の間、一度も見たことがない。そのく せ、「デラックスチーズ」とか「わさびこしょう」とかいうふざ
けた味付けのチートスはあっちこっちに置いてある。しかも、万 が一そのうちのどれかを何かの間違いで好きになったとしても、 次に行ったときにはもうその商品はないし、まるでいやがらせの
ように二度と再び未来永劫金輪際、日の目を見ることはないの だ。まるで壮絶な美人局にあったような気分になる。
ポッキーはいつの間にか太くなってるし、おっとっとやアポロ チョコは巨大化してるし、普通の板チョコまでが見当たらなく なってる。いったいどうなっているんだ、お菓子業界!
ぼくの子供時代のお菓子には断固として変わらない根性と意地 があった。たとえば、ぼくが7歳から17歳まで通った近所の駄菓 子屋などは、干支が一回りしても、商品の配列さえ一度も変わら
なかった。新製品といえば、十年の間に「アイスクリームガム」 が「新アイスクリームガム」になったのと(ロゴが変わっただ け)、はずれのきなこ飴の大きさが1センチ縮んだことぐらいであ
る。
ばばあの後ろの棚にあったプラスチック容器に入っているスル メイカなど、誓ってもいいが、7歳の時から成人するまで位置が 一度も変わらなかった。それも容器じゃなくて、中の商品のスル
メの方だ。にもかかわらず、スルメは腐りもせず、色も変わらな いんだぞ! (これは昔のお菓子はみんな抗ガン剤に匹敵する強 力な保存料が目分量で使われていたから。)
こういう根性の座ったお菓子がぼくは好きなのだ。
このような世代に育ち、今、製菓会社の陰謀によって、開けた 瞬間に十秒間だけ懐かしんだあと、何一つ仕様用途がない昔のア ニメキャラのフィギュアを一人頭平均60体ぐらい買わされて、も
う二度とひっかかるまいと誓いながらも、また「思い出の昭和な んちゃら」シリーズの収集に踊らされている世代を代表して全国 のコンビニに一言もの申す!
いいか! 季節ごとにころころパッケージが変わって、女子供 に媚びを売るポッキーなどポッキーではない。我々の知っている ポッキーは赤い箱にズバッとPOCKY、これだけで十分なの
だ。「秋の新味」もいらないし、一年中期間限定生産もしなくて いい。セブンイレブンだけの限定色もいらん! ましてやおれの 顔より長いポッキーなどなんで買う必要があろうか!
カルビーのポテトチップスは「うす塩」か「コンソメ」だけを 置け。最高に妥協して「フレンチサラダ」までだ! グリーンタ イカレーが食いたいなら、グリーンタイカレーを食う!
だから ポテトにグリーンタイカレーを塗るな! だいたいグリーンタイ カレーってなんだ!?
そして、ビスコをビニールパックで売るな! ちゃんと箱で売 れ! ただでさえ病院のおやつに出るようなお菓子にさらに胚芽 加えてもっとヘルシーにするんじゃない!
これも箱は赤だ! なんで赤の箱をみんなそんなに嫌う! 赤でいいじゃないか!
「小枝」は伸びるな! 伸びるんじゃない! あれは長くて5セ ンチまでだ! 立てて売られている小枝チョコなんてごめんだ! そして、栗をねりこむな!
知らずに食って、腐ってるのかと 思うだろ!
「カール」! 何が「博多めんたい味」だ! そんなもの「う まい棒」が三十年前からやってるんだよ! 「うすあじ」と「チ ーズ」以外の味を抹消しろ!
そしてカールおじさんに虫取り網 以上の小物を持たせるな! おじさんはコスプレなんかしたくな いんだよ! おじさんは「チーズ味」の緑の袋の隅に小さく乗っ
ていたい謙虚なキャラなんだよ! 我々はあの素朴なおじさんが 好きなんだよ!
チロルチョコ! てめえの親戚はもう見飽きた! 本物出てこ い! いつからバナナとか抹茶味みたいな軟弱な味になったんだ よ、おまえはよ!
チロルっていったらコーヒーだろう、コーヒ ー!
ついでに冷蔵コーナー!「ぷっちんプリン」のでかくないやつ はどこにあるんだ! 何か国家的な陰謀なのか、あの大きさは? 後ろの棒がでかすぎて「ぷっちん」っていわないんだよ!
折っ たら「ぼきっ!」ってなるんだよ! いやだろうが、そんな「ぷ ちんプリン」!
コカコーラ!! C2? C2ってなんだ? 未来から来た液体金属 の殺し屋か? おれのコーラに余計な数字をつけるな! カロリ ーをいちいち表示するな!
健康を気にするぐらいならそもそも コーラなんか飲まんわ!
菓子パン! 最近けっこううまいんだよ! コンビニの菓子パ ンがうまいはずないだろう! 工夫するなよ! ローズネット クッキー以外は全部まずくていいんだよ!
(まあ、これはいい か。)
はあはあはあはあ……。
とにかく! とにかく、ほかは許すからこれだけは約束してく れ。たとえどんな異常気象が日本を襲っても、ブッシュ政権がま た今回もインチキをして当再選しても、プロ野球が1リーグ8チ
ーム制になっても、どうかどうかチョコフレークだけは置いてい てくれ。そして、できればあの軽薄なアルミの袋じゃなく、昔の 食べにくい箱に戻してくれ。
後生だ。
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