2000/07/04 【オペレーション・アントヒル】 7月2日1300時 昨年までの戦場は一階の作業場だったが、今年は敵も賢くなり二階のキッチンをいきなり奇襲してきた。 昨年の死闘に学んで、今年は一階は早くからトイレの窓や玄関脇などの侵入地点を「ありの巣コロリ」
でバリケードを張り、極力食べ物を置かないように気をつけていた。7月に入っても一向に敵が姿を現さないのでてっきり今年は不戦勝かと油断していると敵は壁づたいに二階からのゲリラ戦術で挑んできた。
一階に気を取られているうちにいつの間にか二階の生ゴミが敵に乗っ取られていた。
7月3日1700時 我々は敵のこれ以上の侵攻をくい止めるべくオペレーション・アントキルを発動させた。
例年通りの装備である「ありの巣コロリ」と「あり用コンバット」に加え、今年からは新兵器「スーパーありの巣コロリ」の投入もやむを得なしとした。 (前線本部は買ったあと、「スーパー〜」がもし
「でかいありの巣コロリ」だったらどうしようかと思っていた。)
7月4日2100時 未だ、ありの進行はとまらず。明らかに前年の戦争で敵も学習したらしく、「ありの巣コロリ」の「フェロモン抽出餌」(なんのことかは想像もできない)に見向きもしない。
現在も一直線にごみばこを目指している。作戦本部はこの事態を重く見て、戦術核兵器「アースありの巣徹底消滅中」の使用を前線に許可。強力な破壊力故、可能ならキッチンでの使用は
避けたかったが、多少の放射能の停滞はやむを得成しとする。これより空中からの散布を試みる。作戦の成功を祈っていてもらいたい。
2000/07/05 【戦い済んで……】
ゆっくりと地平線の向こうから朝日が昇ってきて静かに暗闇の戦場を照らし出すと、果てしなき死闘の末、我々は勝利を収めていた。わずかな残兵だけを残し、敵は朝焼けの中へと去っていた。
長く苦しかった夜が光の中へ溶けていく。思えば絶望し、闘いを諦めようとしたこともあった。敵の無尽蔵にさえ見える兵力を前に降参を考えたこともあった。「スーパーありの巣コロリ」はやはり大きいだけではないのかと疑ったこともあった。
しかし、闘いが終わり、朝が訪れたとき、立っていたのは我々だった。 いや、正確には疲れて座っていたのだが、ただの表現上の問題である。 いずれにしても我々はやつらを追い出すことができたのだ。
我らの聖なる地をおびやかすあの虫けらどもを。傷ついた体で勝利の美酒を飲もうと陽光の中で冷蔵庫を開けようとした時、今日中に税務署に行かないと脱税になる書類があるのを思い出して、こんなことしてる場合じゃないやと我に返って車ぶっ飛ばして東村山税務署まで申告にいってきた。
2000/07/06 【とんこつラーメンの逆襲】 ラーメン。 昨日の夜中に食べたしょうゆとんこつラーメン。 まだ、おなかに残っている。 昨日夜中中ずっとぼくの意識に語りかけてきて無数の悪夢を見せてくれたのは間違いなくこいつの仕業である。
食べているときはまあ、そこそこうまいとは思っていたのだが、一夜明けた翌朝、油を見ただけでサウジアラビアに核弾頭を放ちたくなるほどの嫌悪感でいっぱいになっていた。 昨日ネギチャーシューラーメンだったものは賞味期限を六ヶ月ぐらい過ぎたサラダ油のようなにおいになり、静かに胃の奥から口元に込み上げてくる。おかげで人に会うこともできない。 夜中にラーメンなんぞ食う方が悪いという言い分もあるだろう。しかし、誰だってあるはずだ――深夜を過ぎてから突如としてあのラーメンにのっているチャーシューをどうしても食べなければ
ならないという衝動に取り憑かれることが!(ほかにモスのテリヤキバーガーなどの例もある。) 今日習った教訓とまとめ: ・ラーメンを食べて寝るとジェイソンに会える。 ・うちの近所のラーメン屋はチャーシューがでかすぎる。
・このパターンのオチは使い古されているのでそろそろやめたほうが賢明だ。
2000/07/07 【祭りのあと】
二が月ぶりの「800」です。以前アメリカに住んでいた頃の話を書いたら割と評判がよかったので、同じ路線でもう一本やってみました。日本ではとても珍しいと思うのですが、けっこういろんな国でよく見られるのが「移動カーニバル」というやつ。まあ、なんてことはない、遊園地をひっぱった旅芸人のやるドサのことなのだが、(犯罪者が逃亡する絶好の隠れ蓑)
子供心にはこれがけっこうジャストヒットする。 日本でも縁日が来ると、ぼくはいつも興奮していた。 基本はあれのスケールのでっかいやつ。折り畳んだ観覧車をトラックに積んで町にやってくる。 賞品のおもちゃが十年ぐらい前に製造中止になったものばかりなので、明らかに勝つのは不可能だと分かる射的とか、時々事故で何人か死ぬけど、これといってニュースにもならない乗り物とか、挙げ句の果てには集団食中毒を年中起こしている屋台とかがあっちこっちに出回っていて、それが全部きらびやかな電飾で飾られている。そのうさんくさい怪しさと、やけくそな装飾が10歳以下にはこの上なく楽しく思えるのだ。だから、占い屋のおばさん「千里眼のジェニー」ととうもろこし焼いているおばさんが同一人物だということもまるで気にならない。大人になった今、あれがサーカスや劇団で使ってもらえなくなった三流芸人を集めて小銭稼いでいる一種の出稼ぎだということが分かってしまって悲しいが、子供の時には世界で一番素敵なものに見えた。(もしこの頃にディズニーランドに
いってたら、たぶんまだそこにいると思う。)南部の田舎町なんかになると、近隣1000キロ以内にこれといった娯楽施設のない町なども余裕であるので、そんな町に住む子供たちには正に一年に一度の夢の数日なのだ。そして、これは世界中どこでも一緒だと思うのだけど、祭りが終わって、人々が去ると、あとには途方もない寂しい静けさだけが残る。
そして、その静けさの中で子供たちは大人になっていく。
2000/07/08 【黒い雪】
今回の雪印の食中毒事件の持つ意味は大きいと思う。 雪印というブランドは給食などにもよく用いられ、社員食堂や学食などの公の調理場でももっとも使用頻度の高いブランドのひとつである。考えてみれば乳製品というのはバターにしても
牛乳にしてもそれほど味に違いがあるというものではない。明治の牛乳と雪印の牛乳が味で区別できるという人は少ないだろう。ただ、乳製品は全般に傷みやすく、一旦痛むととても深刻な食中毒を起こす食べ物である。このため、給食や学食のように、「食品の質」が味の面よりむしろ「安全、安価、安定」などに傾く傾向のある場ではこれは特に重要な問題である。
そういった市場でトップブランドを維持してきたメーカーである雪印というのは何よりも「清潔で安全」という印象のある会社だった。会社の名前もロゴも明らかにそういった価値観に重点が置かれている。
そして、実際、創業当時や前時代の雪印という会社はそうであったに違いない。ただ、時が流れ、時代が変わり、経営者が変わって、かつて飢餓に苦しんだ世代から、飽食の世代に育った人間に運営が移ると、雪は泥にまみれてしまった。残念ながら、ぼくらがその世代である。瓦礫の山からこの国を身を粉にして今の六十代以上の人々は築いてくれた。ぼくらは白いものを白いまま残せるようにもっとがんばっていかないといけないように思う。
2000/07/09 【昭和四十年代生まれに告ぐ】
このページを見ている昭和40年代にお生まれのみなさん。 本日はみなさんに大変残念な事実をお伝えしなければなりません。我々は自分は多少髪の量が少なくなったこと以外は、なんら中学生の頃と変わらないと常々考え、未だ、時代はぼくらのセンスで回っていると確信してきました。しかし、たいへん遺憾ながら、この度、2000年を持ちまして、我々の世代はすでに「時代遅れ」に
なっていることが判明いたしました。 我々は自分たちが「新人類」であり、今も「ナウなヤング」のつもりでいますが、その実、我々はすでに「おじさん」なのです。 テレビを見て下さい。 「ジャニーズジュニア」というまだ年端もゆかぬ子供がタレントをやっているではありませんか。 聞いた話によると連中は中学生だそうです。と、いうことは彼らはギリギリでぼくらの子供である可能性さえあるのです。 浜崎あゆみに欲情している場合じゃありません。もうすぐぼくらの孫でもおかしくないのが出てくるかもしれませんよ。 椎名林檎の歌詞を聴いて問題なく感情移入できますか? うただヒカルの「うただ」をすぐに漢字で書けますか? 「エヴァ」の最終回に納得がいきましたか? ガングロメイクを最初に見たときに警察を呼ぼうとしませんでしたか?
あの異常に高いソールの靴を見ると、足をくじかないかと心配になりませんか? 「ポケモン」と「デジモン」の区別がつきますか? CDを売っている店のことを未だに「レコード屋」と言ってしまうことがありませんか? キンキキッズの二人が名字が同じなので当然兄弟だと信じて疑ってないのではないですか? 「MISIA」を「みしあ」と読んではいませんか? 「DirenGrey」を「ディルとグレイ」の二人組のユニットだと思いこんでいませんか?
いくらがんばってもモーニング娘。ではどうしても阿部よりも後藤の方を好きになれないで困ってはいませんか? ひとつ方向性の間違っている質問も混ざっていましたが、
大意は汲み取ってもらえたかと思います。事実と向かい合いましょう!もう目を背けるのはやめましょう!そう。我々はもうナウなヤングではないのです。「過去の時代」のひとつになってしまったのです。
悲しいことですが、事実です。これからはプロ野球のナイター中継と公園での井戸端会議だけを楽しみに、給湯室で見下げられるようなギャグをあたりまえに発して、カラオケでは演歌を感情を込めて歌うようにしましょう。そして、チャンスを見つけるたびに「今の若いもの」がどれだけ「なってなくて」、「ぼくらのころ」がどんなに「ちゃんとしていたか」を、あの頃以来まだ机の奥に転がっているシンナーの空き瓶を早い時期に処分してからクドクド若者に説教しましょう。
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