日本人の子供は体が弱くなったと言われている。インスタントラーメンが悪いとか、ファーストフードが悪いとか、外で遊ばないのが悪いとか、諸説あるが、ぼくはその原因ははっきりしていると思う。駄菓子屋がなくなったためである。
ここで、昭和五十年代半ば以降に生まれた方のために解説しておくと、駄菓子屋というのは人工着色料と人工甘味料を主原料とした不気味な化学合成物を食用と称して子供にだまし売っている小さな店のことである。店員は必ず百年以上生きているばばあでなければならない。これは駄菓子屋を始めるために店を購入すると、標準でばばあがついてくるからである。初心者におすすめのAセットでは昭和初期に作られた廃屋一件と、六十種類の同じ味のお菓子と、三十二種類のすぐ壊れるおもちゃに、ばばあがついてくる。上級者向けのBセットではクリーニング屋か自転車屋を併設した廃屋一件と、七十二種類の同じ味のお菓子と、四十種類の壊れやすい、あるいはすでに壊れているおもちゃ、そしてばばあがついてくる。
これらの駄菓子屋で売っている商品にはどれも平均で致死量の約三倍に相当するサッカリンと、最低でも六種類の人工着色料が含まれている。サービスのいい会社だと緑色のお菓子を作るのに緑色の着色料を使わず、わざわざ黄色と青の着色料を二種類入れていたりする。どのくらい有害な物質が入っているかというと、これらのお菓子を実験用のラットに食べさせようとしたところ、食べる前に臭いで死んでしまったという報告があるほどだ。
代表的な駄菓子の例: さくらんぼ餅: 同名の果物とはなんの関係もない、おそらく亀の餌と製造元が同じであると思われる粒状のソフトキャンディー。姉妹品に着色料を換えただけのグレープ餅やコーラ餅もある。
10円ヨーグルト: シェービングフォームを甘くしたようなもの。入っている容器の蓋の内側にあたりくじがついていて、あたりが出るともうひとつもらえる。ぼくらはばばあが見ていない間に容器の蓋を片っ端からめくって当たりを探したが、ばばあの方が一枚上手で、当たりを初めから全部抜いていたので無駄だった。
アイスクリームガム: 大きな箱の側面についたボタンを押すと、ボール状のガムが出てくる。このガムの色によって、30円、50円、100円などのアイスがもらえる仕組み。100円の赤玉が他の色より重いので、よく振ってからボタンを押すとよく出るというまことしやかな噂が流れ、各地でガムの箱を振る輩が増えたが、ばばあがやはり赤玉をすべて抜いていたのでどのみち意味はなかった。
そんな駄菓子を毎日のように食べて育った子供は半端なことでは体を壊さない。何しろ日常的に大量の化学合成物を処理しているのだから農薬を飲んだぐらいではげっぷも出ない。おまけに冬場には研磨剤のような固さになったきな粉飴を平気でかじっているのだから歯も丈夫だ。産業廃棄物のような味のするベビーコーラで定期的に胃の洗浄も行っている。――ところが、今の子供は親の過保護のせいで低農薬の野菜や無添加のラーメンなどを食べさせられているので、鼻をかんだだけでも複雑骨折してしまう。
今からでも遅くない。小さな子供のいる親は早急に近隣の生き残っている駄菓子屋を見つけて、一刻も早く子供の体を駄菓子で鍛えよう。急がなければ手遅れになってしまうかもしれない。
ただ、駄菓子屋を見つけるのは初心者には極めて困難な仕事だ。何しろほとんどすべての食品衛生法にひっかかっているので、当局に見つからないように、たいていは店先を普通の家同様にカモフラージュしているのである。看板を出しているところさえめったにない。それどころか店の名前がないところも多いので、子供の会話の中に隠されている名称を頼りに見つける必要がある。「今日。上井に行こうぜ。」――こう子供が行った場合、「上井」が駄菓子屋である可能性が高い。「上井商店」「パンの上井」などが原型なのだが、子供はそれがばばあの名前だと思っていることが多い。(ばばあの名前は実際には村岡トミである。あとはこれに製造された年式がついて正式名称となる。例:村岡トミ・76年モデル)
不幸にもこういった会話をしている子供が周辺にいない場合は自力で駄菓子屋を識別するしかない。手がかりとなるのはまったくたばこの入っていないショーケースをおいているたばこ屋を探すことである。脇に引き戸があった場合、駄菓子屋である可能性が高い。さらに引き戸の近くにガチャガチャが二台以上設置されている場合、ほほ間違いないと思っていい。おそらく看板も何もないはずだが、思い切って引き戸を開けて勝手に中へ入ろう。中が土間になっていたら正解である。万が一普通の玄関だった場合は、手近にある一番金目のものを手にとって、急いでその場を離れよう。
めでたく駄菓子屋を見つけることができた方に最後に重大な注意を。駄菓子にも賞味期限は記載されているが、これはシャレで書いているだけで、本来食品など使用されていないのでくさるはずもなく、次の氷河期ぐらいまでは平気で持つので、気にせずに買って欲しい。――少なくても村岡トミはそんなものは気にもしていないはずだ。 1999/12/29 |