人生もそれなりに長く生きていると、いろいろ妙な買い物をしてしまう。
 どこのうちにも倉庫をひっくり返せば、高枝切りバサミの一本や二本は転がっている。台所には、届いた日に一度だけ使った万能ミキサー&ジューサーが眠っていて(もちろんその一回も失敗した)、居間の隅にはオブジェとなって久しい運動器具があるはずだ。女性ならクーリングオフ期間中に効果をあきらめた得体のしれないダイエット食品(パッケージには「三日で五キロやせる」という末期ガンの患者のカルテのようなことが書かれている)は当然持っているはずだし、男性なら「無修正」という文字がパッケージのどこかに記載されている本かビデオがあるはずだ。
 でも、これはあなたのせいではない。
 なぜなら、それらのものをあなたに買わせたのは、あなたの耳のところにいるフォークを持った赤いちっちゃなやつだからだ。こいつは普段はおとなしく眠っているのだが、「限定販売」とか「バーゲン」とかいう単語を聞くとのそのそ起きだしてきて、「買え買え」と騒ぎ始める性質がある。あなたは必死に拒んだはずだが、不思議なことにふと気づくと、その品物が手の中にあって、しばらくの間の記憶がなくなっている。これはすべて耳元のちっちゃい赤いやつのせいである。心当たりのある方は覚醒剤中毒の可能性があるので、病院に行くことを強く奨める。
 しかし、実際のところ、ぼくもずいぶん奇妙なものを買ってしまったことがある。小学生の頃、雑誌の裏に載っていた通信販売で「コピーハンド」なる品物を見つけたのがそもそもの始まりだった。「誰でも今日からプロの漫画家」という売り文句で、漫画家志望だけど、飼い犬がソファに作った染みにも劣る絵しか書けない子供たちの心を多いに惑わした商品である。まさにそういう子供だったぼくは、絵がうまくなるなら外科的手術に訴えてもいいと思っていたぐらいだ。そこに『コピーハンド』である。ハガキで申し込んで待つこと二週間。ぼくは毎日ドキドキしながら郵便受けを探って、想像の中でものすごいものへと膨れ上がったその機械を待ち焦がれていた。すでにどの雑誌でデビューするかも決めていたぼくの元へ、ある日、得体のしれない茶色い包みが届いた。
 片手に乗るほどの大きさで、ほとんど重さというものがないその箱を振ってみると、カランカランという音がする。急速に崩れていく希望をよそに、箱を開けると、中から金属製の定規のようなものが一本転がり出てきた。それでも当時のぼくは、すぐにそれを近くのごみ箱にたたき込むことはせず(それは一時間後にやった)、ちゃんと取り扱い説明書にしたがってみた。その説明書の全文はだいたいこんな感じである。

 1  定規の右端に鉛筆を取り付ける。
 2  定規の左端にも鉛筆を取り付ける。
 3  右側にお手本のマンガ、左側に白紙の紙を置く。
 4  お手本のマンガを右の鉛筆でなぞる。
 5  左側の紙にそっくりな絵ができあがる。

 つい最近もある三流雑誌の中で、コピーハンド2の広告を見つけた。写真を見た限り、どうやら新型コピーハンドは定規が二本になっているらしい。
 いずれにせよ、この経験は鮮烈だった。こういった経験を経ると、人間は大別して二つに分かれる。不屈にも、次こそはと考えて、再び通信販売に挑戦してまた騙されるやつと、二度と通信販売など利用しないと誓って、訪問販売に騙されるやつである。ぼくは三度ほど前者をやった後、現在は後者を楽しんでいる。これまでぼくが買ってきたものを挙げると――
・どんなものでも5秒でミンチにする『スーパーミンチ』(10秒だと跡形もなく消える。)
・どこへ投げても必ず自分のところに戻ってくる驚異のおもちゃ『カムバック』(ブーメランと呼ぶ人もいる)
・くるみを簡単に剥くことができる『くるみホイ』(運が良ければ、30分ぐらいで上半分が剥ける)
・「点け」と言うと点灯する未来のランプ『自動くん』(「それ」でも点く。「ほい」でもつく。 「山田太郎のバットは汗臭い」だと 3回ぐらい点く。)
 これらの愉快な製品はどれも楽しさを与えてくれ(特に着くまでは)、時に感動をもたらし(これを本気で売ろうとしているやつがいることに)、また時に興奮させてくれる(特に苦情窓口の対応が悪いとき)。なぜならこれらの品物が売っているのは、いずれも夢だからだ。もしかしたら自分も漫画家になれるかもしれない。絵がうまくなるかもしれない。少なくとも、着くのを待っている二週間は確かにそう思っているのだ。わずか1280円で『希望』が買えるところなんてほかにあるだろうか。
 それに分かったものではない。もしかしたらコピーハンドで実際に漫画家になった人だっているかもしれないのだ。――まあ、もちろん著作権法をクリアできればの話だが。

1999/9/13