太古の昔、店屋はすべて午後七時に閉まっていた。
 それはディオクレティアヌスが五箇条の御誓文にこう記したからである。「何か記したいが、日本語が書けないから何も記せない」――とにかく店は暗くなるとすべて閉まるものだった。したがって、七時を過ぎてネギがないことに気づくと、近くの農家を襲撃に行かなければならなかった。毎朝のように、ネギを片手に握りしめた主婦の死体がよく発見されたものだ。
 しかし、そんな悲惨な時代も今は過去だ。それと言うのも、アメリカの著名な資本家であるイレブン氏が自らの名前をつけた、実にユニークな店を創業させたからである。その店は驚くべきことに、七時を過ぎても閉まろうとしなかった。最初は大問題になって警察がイレブン氏の逮捕に乗り出したが、たまたま当時の警察署長がレンジで温めたハンバーガーが大好物だったために、イレブン氏と店は難を免れた。これがコンビニの始まりである。(ちなみにイレブン氏の名はセブンである)
 この成功を見て、在米華僑のロー家の息子、イギリスのマート一族もそれぞれの名前をとった店を始めた。これらの店は瞬く間に世界中へと広がっていった。
 最初は食料品と防弾チョッキなど、最低限の生活必需品ぐらいしか置いていなかったコンビニも、徐々に販売の幅を広げ、薬品やおもちゃも置くようになって、今では大型冷蔵庫や核燃料まで取り扱っている。取りそろえているファーストフードも最初は定期的に死者が出るほどまずかったが、それも電子レンジの登場によって一変した。電子レンジで手軽に温めることによって、冷たくてまずい食べ物も、温かくてまずい食べ物へと劇的な進化を遂げたのである。ハンバーガーのパンなどは、かつてはレンジで温めるとペシャペシャになるか、固くなるかで、実にお粗末なものだったが、技術の目覚ましい進歩によって、今のハンバーガーのパンはふっくらとやわらかいものになっている。来世紀中には食用になる可能性すらでてきた。
 また、夜中に大変重要な書類をワープロで打っていて、やっと終わったのに印字用のリボンが尽きたとする。昔ならワープロをこぶしが折れるまで叩き壊さないといけないところだが、今なら近くのコンビニにひとっ飛びして、一番大きな金づちを買ってくれば、こぶしを痛めなくてもすむのだ。
 このようにコンビニは便利なだけではない。近年、コミュニケーションを失った都会では、コンビニが人々の集まる井戸端の役割も果たしている。コンビニに行けばコピー機もあるし、トイレも借りられるし、夜中でも必ず人がいる。コンビニは現代人の心のオアシスでもあるのだ。もちろん、コピー機はたいてい故障しているし、トイレは従業員専用だし、夜中の客の大半は暴走族や怪しい外国人だが、そんなことはたいした問題ではない。大事なことは、深夜のコンビニには決して大金を持っていってはならないということである。
 いずれ多くの店がコンビニ同様、閉店することを知らなくなる日が来るだろう。真夜中の三時に、突然のこぎりと、シャベルと、人が入る大きさの布袋が必要になっても、すぐに買いに行ける時代はもうすぐそこまで来ているのだ。これは一見、喜ばしいことのように思えるが、必ずしもそうとは限らない。絶対に眠らない店。降りることのないシャッター。そして、昼と夜の区別がなくなった時代。それはあるいは、利よりも害をもたらすものかもしれないのである。
 特にシャッター業者には。

1999/9/12