2000年1月のアラカルト


2000/1/2
 とうとう念願のPecan Pie ができました。
 
今まで何度も試みましたがどうも本物の味とはかなりかけ離れていました。
 先日クリスマス・パーテイに七面鳥の丸焼きのデザートとして作ってみまっしたら、アメリカ人のお客さま方が喜んで食べてくれました。本物らしい味がしたわけは、アメリカで使うKeroシロップの代わりになるものを発見したからでした。
 それも家のすぐ近くのスーパーの100円売場にトウモロコシ澱粉から出来た水飴(カンピー水飴:西宮市、加藤産業;プラスチック容器入り230g)
なんです。
  できあがったpecan pie をアメリカ人のお客様たちは「おいしい!」と舌鼓を打ってくれましたので、これでレシピが決まりました。長年の夢がかなえられたので早くみなさんにお知らせしたくなりました。

2000/1/3
Y2k問題を心配して...と言うよりは多少便乗して食材を買い込んでしまいました。Pecan Pieに使った水飴もその一つ、この水飴を使って缶入りのハムをローストしてみます。お節料理ばかりが続いたあとに食べるのも変化があっていいかもしれません。
 アメリカではクリスマスに七面鳥を食べ正月にも七面鳥を食べる家庭もありますが、ハムを食べる家庭が多いです。豚の太股のところをピクニックハムと言い、真ん中に骨があるのと取り除かれているのがあります。 ところがこれらはとてつもなくでっかいので、輸入の缶詰ハムを使います。輸入食品を扱っている店でこの缶詰ハムかluncheon meatという小型の缶詰肉で代用します。これから近くの店まで買いに行ってきますのでレシピは明日になるかもしれません。

2000/1/4
年末からお正月にかけて海外旅行に出かけ、カートに山積みのお土産を載せて空港内を行き来している人が多い。いったいどんな物を買ってくるのかと想像をめぐらしてしまう。毎年一度ならず海外に飛んでいく私だが、いつもお土産に悩まされる。
 日本にはもう何でもあるので、アメリカで買う物を選ぶのに悩まされる。でもアメリカでチャンスがあれば買ってお土産に上げたいのは、いくつかある。
 その一つは鉄製のフライパンである。英語では
cast iron skillet といって鍋製品の売場には一カ所にある。アメリカでも今はどこのうちでもテフロンのフライパンを使っているが、中には今でもお祖母ちゃんが使っていたフライパンを使っている人もある。黒く光ってさびることのない家庭の絆が感じられる。
 家庭用には直径12.5インチのものが手頃である。
サイズでいえば8号である。重いけれども孫子に伝わるよいお土産である。

2000/1/5
昨日、8号のcast iron skilletは直径12.5インチと書きましたが、10.5インチの誤りでした。覚え間違いをしてすみません。何せ今のところ文を書くということでエネルギーを使うと言うよりは、毎日このページを更新するだけでも新米の私にはたいへんでつい間違いを起こしてしまいます。そんなときにはなるべく早く訂正とお詫びをいたします。
 この頃日本は肉が安くなって魚の方がかえって割高になっている場合があります。日本人の身体は2千年以上米を中心にした食生活の上に出来ていますから、その食生活を急に大きく変えることは西洋人よりも長い腸(約1.5mも)をもった日本人には繊維のあるたべものを食べないと腸に申し訳がありません。西洋人と日本人のお腹の対比は、極端にいえば、ライオンと象のお腹の対比に似ています。象にシカの肉を食べさすわけにはいきません。
 ですから、日本人は少量の美味しい牛肉を100g位塩とコショウで味付けをし上記のフライパンを熱くしてから、ジュジューンと両面焼いて、中心部はピンク(medium rare)のうちに皿にのせ、樽仕込みの醤油を食べる直前にかけて米飯・野菜のみそ汁といっしょに食べるとどんなステーキ・レストランに行くよりも安くて美味しくステーキを楽しめます。
  上記のフライパンは分厚い鉄板になっていて、内部は顕微鏡で見ないとわからない気泡の層になっているのが美味しく焼けるもとなのです。ホットケーキもこのフライパンで焼くと上手に焼けます。 ただし、新品買いたてのときにreseasoningといってまずよく洗ってから乾かし、塩っけのない肉脂肪のかたまり(suet)をフライパン全面にこすりつけ3時間位オーブンで空焼きします。フライパンを買うと説明書きがついています。その後は真っ黒に照り光るまで使いこなしてください。可愛がれば可愛がるほどよく言うことを聞いてくれます。大学生や我が子と同じです。

2000/1/6
日本では食事のことを「ご飯」と言い、米飯のことも「ご飯」という。アメリカでも食事のことを meal(ミール)と言い、主要穀物の粗挽き状のものもmealと言うのはとても興味のある共通点だと思います。
oatmeal, cornmeal, cream of rice, cream of wheat, malt-o'-meal, hominy-grits など少なくても数種があり、主に朝食の主食になっています。昔はおかずが少しで主食が俄然巾をきかせていたからでしょうか。食事といえば主食のことだったのでしょうか。
 アメリカ生まれの子どもが初めて日本に来た時に食事に招かれたお宅で、日本語を使わないといけないと考えたのか、米飯のおかわりを頂きたい時に、riceは米だから、「米ちょうだい」とお願いしたのには驚いたり、恥ずかしかったリでした。
 近頃ではdry cerealにミルクをかけて朝食にする人も多いですが、もともとhot cerealと言って上記のmealをおかゆ状に炊いたものにミルクをかけて食べていたのをお菓子状に加工して便利にしていますが栄養上心配な点があるかもしれません。

2000/1/7
「せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ これぞ七草」に因んで我が家も七草粥を食べます。我が家では一日一度玄米おかゆを食べるようにしています。使う鍋がアメリカの製品ですが、これがとても安価で電力も大してかからず、最もよいところは、内鍋ががんこなセトモノなのです。アメリカでは主として豆を煮るのに使います。
  日本でも北海道ではよく豆を食べると聞きました。北海道には30種位の豆があるそうですがアメリカにも豆の種類が豊富です。アメリカ人は肉をたくさん食べますが豆もたくさん食べることによって動植物両方の蛋白質をバランスよく吸収しています。北海道の方々にこのアメリカの鍋をお奨めいたします。
  カレー・ライスやシチューの肉を圧力鍋で急速に煮るよりも、このアメリカの slow cooker で角切りの肉だけを例の(1/4-1/5 a la Carte 参照)フライパンで表面を焼き、朝から煮て置いて夕方普通の鍋に移し替えてカレーを仕上げてみる方がだんぜん肉の味がいいのです。
 上記のslow cooker はずいぶん昔からアメリカのデパートの台所用品部で売られています。正式の名前はRival印のCROCK-POTで約$30です。内鍋がセトモノですからCROCK(つぼ)と言うわけです。内鍋の内直径は18.5cm, 内深さは15cmで取り外しが出来、そのままテーブルに出しても色つきのセトモノさほど格好が悪くありません。このサイズよりやや小さいのは内鍋が取り外しできません。これより大きなサイズは横に長い小判型になっていてローストビーフなどを焼くときに使います。ふたはガラスのふたですが、一昨年私が買ったのはプラスチックに代わっていましたので、同じサイズのガラスぶたを同じ売場で買っておきました。

2000/1/8
鍋といえば炊飯器--家庭の料理係にとってこれほど有り難い物はありません。その昔テキサスに持って行った炊飯器を大切に大切に使いました。始めのうちはカリフォルニア米を炊いていましたが、テキサスにも美味しい米があったのです。それもそのはずテキサスには1870年頃から米作りの知恵とお金を持ち先方の要請によって移住した方々がおられたのです。ヒューストンから11マイル南にウェブスターと言う町がありますが、これらの日本人がこの地区に移住して水田の潅漑用水に工夫を凝らし、海水を真水に変えて使用したというすばらしさを発揮し、たちまち量においてもアーカンソー州を追い越してしまったと聞いています。
 カリフォルニア米は日本の米の1/3位の値段だけれどテキサスの米(medium grainの粒)は更にもっと安いのです。長い粒(long grain)ではなく日本の米とほぼ同じ位の長さのmedium grainを買って、洗ったあと炊飯器に仕掛けて少なくても30分以上浸けてて置いてから炊くと美味しくできました。日本人に米と醤油(キッコーマンならどのスーパーにもありました)があればあとはどんな材料でも日本の味が楽しめます。今では豆腐やモヤシなど割合簡単に手に入りますが、当時は豆腐もモヤシも自分で作りました。
 今、下関に在住のアメリカ人の方々も色々工夫をしてアメリカの味を作り出しておられます。電気炊飯器の保温を利用してうずら豆を煮る方がおられます。まだ味をみたわけではありませんがきっとうまく出来ていると思います。うずら豆はアメリカのピントビーン(pinto bean)に色も味も似ています。甘く煮るのではなく塩・ハム・塩ベーコンなどで味付けをします。これを軽く練ってアン状にし、セブンイレブンで売っているブリトーの中身になります。ブリトーの皮の作り方もいずれ書きましょう。

2000/1/9
「名物にうまいものなし」と言われていますが、名物には実に美味しい物が多いです。下関は全国的に有名なのはやはりフグ--ここではフクと言って濁音をつけません。福に通じる愛らしい呼び名です。ちなみにうちのペルシャ猫はふわふわしているので「フワ」というのですが12年間お世話になっている獣医先生からの年賀状やその他連絡のためのハガキには何故かフクと書かれています。
 下関の料亭のフク料理は我々庶民にはなかなか手が届きませんが、スーパーの魚屋さんならころあいの値段で買えます。日本寿司百店の一軒が当地にあり、ここのフクのにぎりのおいしいこと2カン頂けば満足いたします。
 下関はウニも名物です。これも毎日のお惣菜には値段の関係で出来ません。その他の魚に目をつけるのです。今ならカキです。北浦(日本海側)のカキは小粒ですが肌が白く黒い縁取りがくっきりしていて味もさわやか生で食べるのが最高です。そのほかアジの一夜干し、イワシのさしみ、メバル、サヨリなど安くて新鮮なものがあります。こういうものこそ、下関の名物かもしれません。
 ウニは生きた化石なのです。何万年前にも同じような殻をつけて生きていたのです。ウニを食べていると言うとテキサスの人ならびっくりするかもしれません。何故かというとテキサスは大昔すっぽり海の中でした。息子が6年生の夏休みに大学が主催する子ども達のための理科の勉強に参加したのです。タイソンという大きなへびに馬乗りいや「蛇のり」になったり化石を掘りにいきました。とても楽しかったようで、私も蛇のりには自信がなかったのですが化石掘りに行ってみたくなりました。それ以来化石掘りを続けています。数々の種類を集めましたが大きいのは子どもの手のひら位のウニの化石があります。 小さいのだったらたくさんあるので、このサイトに来てくださる方の中で1000を当てた方に一つだけですがさしあげます。

2000/1/10
「成人の日」おめでとうございます。昨日の降ったり止んだりがすっかり晴れ上がって、晴れ着で歩くのにも都合がいいだろうと喜んでいます。雪国の方では多少足もとがわるいかもしれませんが、白の背景に鮮やかな晴れ着は格別美しいです。
 昨夜は雨がパラパラ降っているのに夜遅くまで空が夕焼け的にオレンジ色が広がっていました。阪神大震災の前日、のぞみ号で東京から帰る途中大阪あたりから同じような夕焼けを見ましたので、昨夜は内心ちょっぴり心配していました。
 年寄りや先輩たちは「今の若い者は云々」とぼやいたり、不平を言いがちですが、赦してください。若い人たちは若い人たちの新しい知恵があります。若いエネルギーのみなぎる考えをまとめ上げてください。そして年寄りや先輩に教えてください。
 料理にしても若い人たちの知恵でちょっと工夫を凝らして、何かウマイものが出来たら教えてください。
 今週の料理はねこぞーさん(スタジオ・エトセトラのスタッフ)から提案のあったチキン・フライド・ステーキは来週にして、今日はチキンのバーベキューとコーン・ブレッドにさせてください。実は今日夕方それを食べに来るお客様がいるのです。レシピは今夜遅くか明日になると思います。

2000/1/11
今日からまたあわただしい生活が始まります。でも久しぶりに学校で学生の皆んなと会うのが楽しみです。出勤までに夕べのメニューのうちバーベキューチキンとコーンブレッドを紹介しなくてはなりません。
 そもそも私は昔チキンのことを食べず嫌いしていました。アメリカで貧乏学生をしていますと、安価なチキンを食べずに生きていけません。普通のアメリカ人の家庭でも一週間に少なくても3食はチキンを食べているように思います。テキサスのように牛肉の豊富なところでもビーフ・ステーキを毎日のように食べている家はありません。ただし、牛のミンチ(ground beef)はほとんど毎日のように食べているようです。
 チキンは日本でも牛肉に比べればよほど安価です。これをいろいろ異なった方法で料理をすれば家計の節約に通じます。最近のチキンは皮下脂肪がたっぷりついていますので、これをたくさん食べると健康上よくありません。その点次のバーベキューは脂が流れ出ていい食べ方と思います。
 皮の方を上にしてオーブンで焼き始め、脂肪分を流します。金網の下に水をはり、落ちた脂が焦げないようにします。
 昨日は天気がよかったので、ベランダでスモーカーを使ってヒッコリーの木ぎれでくすべながら豆炭で焼きました。目下、デジタル・カメラ注文中ですので、普通のカメラで写真を撮りましたので近日中に現像し次第レシピの方にスモーカーと出来上がったバーベキューチキンとコーンブレッドの写真をスキャンしてアップいたします。

2000/1/12
終戦後アメリカが、食料不足の日本に送ってくれた主な食品の一つにコーンミールがありました。卵なし、バターなし、ミルクなしの時代にコーンミールだけもらってもパンができるわけじゃなしと、母はコーンミールに熱湯を入れて練り上げて大きくまとめ、 蒸し器で蒸かし、冷えてから1cmか2cmにスライスして、お餅のように金網の上で焼いてくれました。または、コーンミールを煎餅加工に送って煎餅にしたものはかなり美味しかったように覚えています。
 アメリカに行って分かったことは、アメリカ原住民の中でも比較的貧困な種族にとってコーン・ブレッドとミルクが健康を維持するのにたいへん役立っていたということでした。白いパンとミルクだけでは栄養がたりなくなります。その昔アメリカが日本にコーン・ミールをくれたことは、決して、余剰農産物をくれたのではなく、一番簡単に作れてしかも栄養がすぐれていたからだったのです。ただ、あの時日本には、何もかもあまりに無さ過ぎたので、コーン・ブレッドにまで至らなかっただけなのです。あの時、「コーンミールでなく、他のものを・・・」と思った自分を赦してください。
 原住民でなくても普通のアメリカの家庭でもときどきコーン・ブレッドを焼いて食べていますし、学校の食堂でもふた付きの鍋(pan)にホカホカのコーンブレッドが入っています。留学される方は是非味をみてください。またご家庭でも是非作ってみてください。

2000/1/13
冬休みが終わって学校が始まると弁当をつくらねばなりません。今、日本では弁当を作るというのは忘れ去られそうになっています。弁当を作るということがとてもゼイタクになっているように見えます。しかし、このゼイタクをなんとか続けてもらいたいと念願しています。昨晩のおかずに何か1−2品加えたようなものを弁当にしましょう。
 私のある授業で、お弁当に出来る一品料理を日英両語のバイリンガルで書いて提出する宿題を出しています。学年末には提出期限がきますので3月が来れば、追々紹介出来るかと思います。
 テキサスは石油・綿・ソーガムなど特産物を扱う商社やその他色々な会社がダラス・ヒューストンに集まっています。そういうわけで金持ちの人も多いわけですが、ダラスのある大金持ちの社長は毎日自分の会社に出勤するときサック・ランチ(茶色の紙袋にサンドウィッチ)を持って行くそうです。アメリカの会社や工場などのランチ・タイムは30分のところが多いのです。その代わり3時には工場を出て帰宅できるところも多いのです(朝は7時始業)。
 サンドウィッチにはいろいろありますがサック・ランチに最も多いのはピーナッツ・バター&ジェリー ・サンドウィッチです。つぎに、ボローニア・サンドウィッチです。テキサスのすぐ南隣の国メキシコには昼ご飯のあとシエスタといって昼寝をする人もいるのですが、社長が30分で食事を済ますのとではすごい差があります。どちらがよいとも決めつけられないのですが、社長が自らサック・ランチを持って出勤というのは感動しますか?あきれますか? それとも単にケチなのでしょうか?

2000/1/14
ピーナッツ・バター&ジェリー・サンドウィッチのジェリーというのは日本にあるお菓子のゼリーではなくジャムの一種です。ジャムの仲間にプリザーブとジャムとジェリーの3種があり、プリザーブはイチゴならイチゴの形がまだ残っているもの、ジャムはもう元の形は残っていないいわゆるジャムであり、ジェリーはかなりスムーズ でのびがよくトーストやホットケーキなどにもよく使われます。私はよく野ブドウを摘んできてはジェリーをつくりました。黄緑のぬれたようなツヤのある小さな蛇がブドウのつるに垂れ下がっているのを見て以来野ブドウ摘みは止めました。
 ジェリーはゼラチンを加えますので柔らかくよくのびるのです。値段も3種の中で一番安いのです。これをピーナッツ・バターの中に入れさっと混ぜるとくねくねした波模様ができます。近頃はすでに混ぜ合わせたものを瓶詰めにして売っています。輸入食品の棚にもときどき見かけます。
 ボローニア・サンドウィッチのボローニアはハム類の中では最もポピュラーで最も安価なものです。伝統的なブランド製品の中には薫製味のきいたとても美味しいのがあります。生地が非常にきめこまやかでスムーズで色もハムのように赤やピンクではなく日本で言う「肌色」に近い薄色です。ピメントと呼ばれる赤いが辛くない細長い唐辛子を小さくきざんで入れてあるものもありますし、オリーブのピックルの薄切りを入れてあるのもあります。つい最近日本製のものをみかけましたが直径が約5cmでたいへん安価でしたがまだ買っていませんので、味の方はよくわかりません。普通ボローニア・ソーセージは直径が約10cmあります。

2000/1/15
センター試験の日に美味しい話をするのは受験者たちに申し訳ないです。受験生があれこれと迷ったり悩んだりしているのを見るとお気の毒に思います。でも最近は受験生の方が大学を選ぶようになってきているのですから、基本的には受験者の方が優先権を持っているので安心して受験してください。しっかりしなくちゃならないのは大学の方です。これは私も大学の一員として充分自覚しています。
 昨日ボローニア・ソーセージの色は日本で言えば、「肌色」のような色であるといいましたが、人種のるつぼであるアメリカでは使いにくい言葉です。アメリカでは日本でいう「肌色」は「ピーチ」または「ペイル・オレンジ」と言います。ピーチは桃ですから、日本では「ももいろ」です。「ももいろ」を日本では「ピンク」と呼んでいます。 アメリカでは「ピンク」と「ピーチ」は別々の色です。
 つまり、日本人は桃の「花の色」をめで、アメリカ人は、クリング・ピーチといって黄色みをおびた薄い肌色の「桃の実」を愛でるわけです。「ピンク」は直接には桃とは関係がないのです。
  日系のアメリカ人は、色が白くててっぺんがピンクの白桃もつくっていますが、少量で、大抵は黄色みがかった肌色の桃です。Joeは山梨の生まれですが一宮の桃の花の見事なことを自慢のタネにしています。しかしながら、アメリカの桃はやや小さいですが、ふんだんに食べることができます。日本のは大きくて美味しいですが2つで500円もしてとてもふんだんには食べられません。アメリカの底力(そこじから)は基礎食品が豊富で値段が安いことです。その上、基礎食品とお医者が処方する薬には消費税(アメリカではsale tax)がかけられていないことです。

2000/1/16
散歩が何よりも好きなJoeは昨日この近辺で最も大きなクスノキを見に行きました。このクスノキは昔たしか名古屋の熱田神宮で見た大きなクスノキに勝るとも劣らない威風堂々の大木です。森の中に生えているのでその全体を写真に撮ることは難しいです。
 このクスノキも見モノですが、帰りに農家の人々が寒空の下で自慢の野菜を並べて売っているのをお土産に買って来てくれるのが私の楽しみなのです。昨日は春菊・ほうれん草・レンコンに赤紫の寒菊1束--どれも100円。春菊・ほうれん草の新鮮さはその濃い緑色と勢いの良さを見れば誰でもすぐわかります。商店で見るのとは全然異なります。このほうれん草ならばアメリカで黒牛(ブラック・アンガス)のステーキをご馳走になった時に付いてきたほうれん草のサラダが出来ると確信しました。
 ほうれん草のサラダはよく洗ったほうれん草の水を完全に切って茎を除いて葉の部分を一口サイズにちぎります。ベーコン・チップ(ビン入り)(無ければベーコン2枚を2枚重ねのペーパー・タオルの上にのせ電子レンジで1分半か2分ほど焼きペーパー・タオルを新しくし、ベーコンを裏返してあと1分か1分半ほど焦げないようにしかも脂が残らないようにコリコリに焼きます。これをほぐして使います--電子レンジの種類によって焼き時間を調整しなければなりませんが、このベーコンの焼き方だと毎朝食にベーコンを食べても多量に食べなければ脂肪をとりすぎることはありません) --このベーコン・チップとクルトン(ビン入)(または薄切り食パンをコリコリにトーストして5mm角に切っても出来る)を1人分大皿一枚に盛りつけたほうれん草にパラパラとふりかけます。食べる直前にイタリアン・ドレッシングをかけます。「うぇー、ほうれん草の生!」なんていってるのが聞こえてきそう。ビーフ・ステーキにはこれがお似合いなのです。
 でも、決してほうれん草のおしたしを忘れないでください。サラダはいくら大皿に山盛り食べても、おしたしにして食べる葉野菜の量は「天と地」位違うのです。ビタミンが減るという心配も量を食べることによってサラダに追いつく上に、繊維質の量が豊富です。それぞれの国にはそれぞれの知恵があるのですね。

2000/1/17
Y2kの問題があったので昨年の秋には裏庭の隅に群生しているノビルにしっかりと囲いをつくり、いつも歩き回っている何匹かの犬に踏みつぶされないようにしたら、背が高くなりずいぶん増えてもいました。このノビル が食べられるということは昔戦地から帰ってきた父から聞いていたが、実際に食べて見たのはアメリカから帰って来てからのことでした。
 息子が5年生か6年生の時、仲良しの友だったチャーリーの家の500エーカーの広い農場に家族揃って遊びに行ったとき、チャーリーが「生き残るための食べ物」 (survival food) だと引っこ抜いたノビル(wild onion)を頭上にあげて叫びました。そのときにしっかり見て置いたので、自分の家の裏にも全く同じものが生えているのには驚きました。
 洋の東西を問わず、タマネギは万能選手です。広い大陸では新鮮な野菜の輸送はたいへんですので、日持ちのよいタマネギが大いに活躍します。メキシコ系アメリカ人労働者がタマネギを縦割りに4つに切り、その内の一つをサンドウィッチといっしょに持ってきてガリガリそのままかじるのです。当時はその光景を見て呆れていましたが、新鮮な野菜が食べたかったと言うことが今になってよくわかります。Y2kの問題のおかげです。
 収穫したノビルは丸く玉になった部分がまだ小さかったけれども、「みそ和え」(ぬた)にして食べました。

2000/1/18
阪神大震災5周年目の行事がしめやかに催された昨日の夜、予期しないわけではなかった地震(震度3)が来ました。成人の日の夜以来、夕焼け時刻でもないのに、頭上の空が薄赤で時には雨がぱらついているのに雲と雲の間から赤い夕焼け色が見えました。 やはり、電磁波と言われているものでしょうか。私は星空を観るのが好きで空を見上げるくせがついています。小さいけれど望遠鏡も持っています。住んでいるところは下関の町中ですが丘のてっぺんで木々の多い静かなところです。周りには家が建ち混んでいませんので夜空が美しいのです。昨晩は疲れて9時のニュースを聴いたあと寝てしまいました。今晩の空が赤いか観ておこうとおもいます。あの大震災の前の晩、新幹線の窓から見た奇妙な夕焼けが忘れられないのです。犠牲者の皆様のご冥福とそのご家族の平安を心からお祈りしております。
 さて、チキン・フライド・ステーキをご紹介したいのですが、月曜と火曜日には授業科目が多く、その準備に追われて自分の時間がなかなかできません。明朝にはアップ出来ていると思います。毎週水曜日か木曜日の朝早くに新しいレシピを載せることに致します。

2000/1/19
ステーキは肉の繊維に直角に切ったもので、フィレ(ヒレ)は繊維に平行して切ったものですが、今日のチキン・フライド・ステーキはそのいずれでもないミンチ牛または牛豚合い挽き肉を使います。
 チキン・フライド・ステーキはフライド・チキンのように見えるラウンド・ステーキのフライのことです。 ラウンド・ステーキは牛のふともも上部の肉でややかためですので、ステーキサイズに切ったものを肉叩きでトントンたたいてからフライにします。普通ラウンド・ステーキは厚切りのものをポット・ローストにします。オーブンでローストしないで、厚手の深鍋でタマネギや人参などの野菜を加えてとろ火でくつくつ煮るのです。 そのラウンド・ステーキを使わないで牛ミンチを使ってチキン・フライド・ステーキを作ります。夕食のおかずに時々作ってください。教会の毎水曜日の夕方には大人は祈祷会に行き、その間子ども達はバイブルの勉強をしたり、賛美歌を歌ったり、図画工作をならいます。私はそれらの子ども達をバスで向かいに行き図工の担当をしていました。みんなで食べる夕食は1ドルでしたが、牛ミンチのチキン・フライド・ステーキはお料理のおばさんの自慢料理でした。高い値段の肉を使わなくてもけっこう美味しく食べられます。
 作り方はMain Dishのレシピの方をご覧ください。

2000/1/20
今、真夜中の12時になろうとしています。今冬一番の寒さです。ねこのフワちゃんの小屋に行って温かいか調べましたら、コタツの真上に長くなってねていました。オイルヒーターを2倍の温度にあげ、コタツも温度をあげてやろうと手を出すと軽く噛まれました。
 こんな寒い夜に期末試験の問題づくり。我が家特製の梅干しにメチャメチャ美味しい八女茶(やめちゃ)を注ぎ、きな粉餅でも食べようかとも思いましたが、こんなときには、お餅は止めて、ホット・チョコレートがいい。受験生たちも今頃頑張ってんじゃないかしら。
 小さな鍋にミルク1カップ、ココア 大さじ1、砂糖 大さじ1 を入れてココアがだまにならないようによく混ぜてから煮立ててごらん。あまりぶくぶく泡立てて、ふきこぼさないようにね。小粒のマッシュマロを2〜3コ浮かばせてもおいしいよ。そして頑張ってね。

2000/1/21
今日、送られて来たWOWOWの番組表を見ると、映画「ソウル・フード」(Soul Food)が, 2月6日に放映されるとのこと--楽しみにしています。もともとsoul foodとは心温まる食べもののことで南部の家庭料理のことですが、シカゴを舞台にしたこの映画内ではどんな家庭料理をつくるのかなと気になります。
 南部にはお正月に食べる豆があります。ブラック・アイ・ピーといって小粒の大豆のような豆に小さな黒い一点が瞳のようについているのです。夏には乾燥前のみどり色の豆に黒い瞳のついたこの豆はおいしいのですが、乾燥後に煮たこの豆の缶詰にされたものは廉価でありがたくてもあまり美味しいとはいえません。それを元旦に食べるわけは、最低のものを食べればこれ以下に下がることはなく、あとは必ず上向きになると信じる「縁起の良い豆」となっているからです。このほほえましい黒人たちに合わせて白人たちもお正月にはブラック・アイ・ピーを食べているのをみるといよいよほほえましくなります。
 映画の「ソウル・フード」は仲の悪い三姉妹が日曜日ごとに母の料理を一緒に食べて家族の絆を取り戻す感動の話だそうです。私が今住んでいるところは古い家を改造したものですが、小部屋を三つつぶして一つの台所に変身させました。この台所に私の必要なもの一式、このコンピューターも、あんまイスも、雑居していますが、家族は勿論のこと、次から次へと人の出入りが多いのです。 応接間はなくても広い台所は家庭の絆の場として必要なものと思います。

2000/1/22
今日は娘の誕生日ですが、側にいてお祝いができないのが残念。親というものはいつになっても子どもの世話をやきたいくせに、いつまでも世話のかかる子だなんて愚痴ってしまう。そんな親を哀れに思ってゆるしてください、
 年間いろいろな祝日がありますが、どんな祝日よりも誕生日が個人にとって意義が深いと思います。1人の人間がこの世に生をなした日です。その日からその人の人生が始まるのです。その人の生まれた日を大切にすることは民主主義の始まりでもあります。みなさん、誕生日を大切にしてください。飲んだり、食ったりばかりが誕生日ではなく、しずかに自分の誕生日の意義を思い、その年をどのように過ごすかを前向きに考えるのがよいのです。とは言っても人生誰でも思うようにはすすめません。でも、全くプランなし、考えなしに一年を送るのはもったいないことです。若い人達よ、大いに活躍してください。

2000/1/23
大寒というだけに2〜3日前から本州西端の下関も寒いです。それでも日本の天気予報は比較的によく当たるので、準備ができます。ところがテキサスでは明日の天気もはっきり予報できません。一応予報があるけれども、あまり信頼できないのです。何故かと言いますと、土の表面は水の表面と比べて熱しやすく冷めやすいので、大陸内部は海岸地帯とは異なり、気温の変化が激しいのです。暖かいと思えば、急に寒くなり、朝になってみると乳幼児がテキサス中で何人も死んでいたことがありました。
 この変わりやすいテキサスの天気をテキサスの典型的なお惣菜になぞらえて "Chili today, hot tamale."と言って、変わりやすい天気の「今日は寒くて、明日は暑い」("Chilly today, hot tomorrow")を美味しく置き換えています。チリもタマーリもメキシコ風料理でトウガラシのきいた辛い(hot)食べ物です。そうそう、日本にも「・・・心と秋の空」なんてありますね。

2000/1/24
年の暮れの30日に庭の白梅が一輪だけ咲いてお正月を迎えていました。その後寒さがきびしくなってきましたので、そのあとは咲いていません。今しばらく咲かないで待機していると言ってます。12年間この白梅を世話していますと、どの枝に花がつくか、どのつぼみが次に開くかがわかります。同じく12年間飼っているペルシャ猫のフワちゃんのコトバやしぐさも何を意味しているかがわかるような気がします。
 裏庭は竹藪に続いているのですが、日差しが差し込む所には野生の水仙が咲いています。2〜3種類があって一番香のすばらしいのは小さいけれども八重の花です。春もたけなわになりますと、人の手で植えたラッパ水仙や八重の水仙が咲き見た目には豪華ですが、今咲いている野生の八重水仙のようなすばらしい香りがしません。野生の八重水仙は部屋に2〜3本生けておきますと部屋中が香に満たされます。あまり本数を生けると私は香に酔っぱらってしまったようになり、ひいては花粉症になってしまいます。それほどすばらしいのです。ギリシャ神話に出てくるナルキッソスが水に映った我が身にうっとりとしている内に死に絶えて水仙になったと言われていますが、今、森の中でひっそり匂っているのを見るとナルキッソスが我が身にほれぼれしたのも無理からぬことかなとも思います。
 野生の花には可愛くて匂いのすばらしいものが多いです。テキサス中部は湖水も多く、その近くには一面にブルー・ボネットが咲きます。これはレンゲ草と同じように豆科の青い花ですが、一面に咲いているところに行きますと香が風に乗ってきます。 人工で植えたものがルピナスですが、背が高くなっているだけであまり匂いません。テキサスではこのブルー・ボネット(3月)を摘んでは罪になりますから、決してお摘みにならないように。ハイウエイ管理当局がブルー・ボネットを州花として保護しています。

2000/1/25
このところ、しとしと雨が続いていますが、雨上がりのときに裏ヤブに行って水仙を取って来ました。黄色い口の水仙を「おちょぼ口」と名づけ、八重の方は「八重水仙」と呼ぶことにしました。どちらもよい匂いがしますが、八重の方が一段とよい香を放っています。今日学校に行きましたら、上記の二種の他に「おちょぼ口」の花びらが黄色い水仙を含んだ三種類がオフィスには勿論のことトイレにも生けられていました。幸せな職場だと思いました。生けて下さった方、ありがとうございます。

2000/1/26
今朝6時過ぎには北海道の歌登町ではセ氏-32.7度でこの冬一番の寒さであります。 ニューヨークでも4年ぶりの寒さで、ラガーデイア空港などあちこちで空港が閉鎖されているという。国中で一番寒いところをアメリカではnation's coldest spot といい、シカゴなどはカ氏で-50度位にも下がります。ニューヨークよりもシカゴの方が気温が比較的に低いということです。昔、留学生時代にオンボロ車でテキサスからシカゴに行こうとしましたら、車ごと凍ってドアが開かなくなるから行くなと注意されたことがあります。
  暖冬異変も将来にどんな影響を与えるかもしれないと心配の一つでもありますが、寒さが厳しいとその日の暮らしまで凍ってしまいそうになる心配があります。極寒の地方の方々のご健勝をお祈り致しております。
 今日は暖かい一品料理でも作ってお召し上がりください。レシピはMain Dishの方にあります。

2000/1/27
スタジオの掲示板辺りで何故か英語熱が沸いて来ているようですね。入学試験の時期だからでしょうか。それとも政府内で教育問題を採り上げだしたからでしょうか。とにかく日本には150年来の英語コンプレックスがあります。昨日の「朝日新聞」朝刊の第一面にTOEFL成績の平均は日本がアジアで尚も下位だと発表されています。昨年度の日本人受験者数がアジアのどの国の受験者数よりも多く、世界の1/5の人口を持つ中国の受験者よりも約3万人多いのです。日本の人口を中国のおよそ1/10として、比べてみると、次のような見方もできます。
  不景気といっても日本の親は、子どもがTOEFLを受験したいと言えば大抵の場合受験のための費用を提供するでしょう。ですから、まだ充分実力が上がらないうちから何度も受験している者もかなり含まれています。中国の受験者数の全人口に対する割合を日本の受験者数の全人口に対する割合と比べれば、中国の方がずっと受験率が低い割合です。朝日新聞が示した成績が国全体の平均能力を示しているとは思われません。その点では日本の方がTOEFLの普及率が高いと言えます。それに英語関係の辞書などでも日本のものは実に立派な辞書があり、英語に寄せる気持ちが一般的に強いので、やり方に工夫改良をすればより効果的に英語力を向上させることが出来ると思います。
 日本人に最も大切なことは、自分の考えていること・思ったことなどを日本語で上手に人前で話せるようにならなければなりません。
 幸いなことに「童話物語」を読み通し、それから得た感動を分かち与えに掲示板まで来てくださるみなさんには、英語力を身につけやすいお心をお持ちだと思います。言葉は口先で上手に言うものではなく、基本的には心・魂から沸き出てくるものだと思います。あとは高校生のときに習った英文法さえ使いこなせば、英語に強くなれます。 向山30分文法をレシピに載せたいですね。

2000/1/28
ここ下関でも毎年冬になると1-2回雪化粧の景色が見られます。でも、あっという間に消えます。或る冬午後の大教室から猛烈な吹雪が窓越しに見えました。授業を中断してスケッチ・ブックの画用紙を全部はがして窓側にかけていた学生さん達に配りました。それぞれの窓から見える雪景色を鉛筆で描いてもらい、後で適当につなぎ合わせて横に長いフリーズ画にしました。2枚も出来上がり、今も大切にしています。
  昨日は久しぶりに雪が積もりました。夕刻6時半キャンパスの駐車場に行きますと、車の上に10cm以上も積もっていたのには驚きました。下関の日本海側にキャンパスがあるのです。何年通っても四季折々の景色に見飽きることはありません。
 昨日の朝、出勤する前に玄関前の大きな桜の木が小さい枝まで一本一本雪を積もらせ 、背後からかすかに太陽の光を受け、水晶のネックレスをつけたように輝いていました。まだ使いなれないデジタル・カメラで写してみました。


2000/1/29
久しぶりに空がいわゆる空色になりました。あのしなやかな水仙の茎や葉が雪のためにピッチャンコに押しつぶされていないかと裏庭に見に行きました。茎が折れ曲がって花やつぼみをぶら下げていたのが数本あったでけでした。どのかぶも元気に手をのばしていました。近くにはフキノトウが並んで朝露を光らせていました。周りには赤子の手のひら大の可愛い葉っぱが 地面に這うように寄り添っていました。申し訳ないけれど少しだけつみ取って写真を撮り、今晩のお惣菜にさせてもらいます。「いいよ、いいよ」と雪で顔を洗ったのかつやのあるほっぺを見せてダイダイが言ってくれました。自然の恵みに感謝します。


2000/1/30
昨日は良い天気だったのでJoeはいつものところ--下関郊外の町・菊川町に行きました。ここは昔から交通の要所であり、北には萩、南東には毛利の山口、西には山陽道の起点の馬関(下関)があります。何故か菊川のあたりは平らに広がっています。真ん中に「道の駅」と名づけられたところがあり、町の人々や観光の人々が集まります。アメリカで言えば交通の要所である"the four corners of the earth" とでも言いましょうか、たとえば、カンザス市はカンザス州とミズーリー州の二つにまたがっています。つまりカンザス市は二つあるわけです。
  カンザス市はアメリカのど真ん中とでも言える交通の要所だったのです。セントルーイスでミシシッピー川がミズリー川に分かれてから西にまっすぐ伸びカンザス市で北に昇って、北ダコタ州を斜めに抜けてモンタナ州を西に進んで終わっているのです。マークトウエーンの「ミシシッピーの人々」を読んで下さればこれらの川が昔の交通手段の代表だったことがわかるでしょう。Joeと私は年輩の上司をテキサスからカンザス市まで 送り届けたことがあります。カンザス市よりすぐ北にラベンワースという町があって、そこには連邦政府の持つ極刑用刑務所があります。夕方6時頃だったかトランペットの澄み切った音色が聞こえたときの感動は忘れません。映画「ショーシャンクの空に」を見て服役中の人たちが「フィガロの結婚」にただ呆然として聴き入っている光景を見るとやたら感動してしまうのは、あの時のトランペットの音色が忘れられないからでしょうか。
 さて、道の駅でJoeが買って来てくれたお土産を紹介したいのですが、明日に延ばすことにします。明日は朝ご飯に役立つレシピをアップいたします。

2000/1/31
昨日Joeがお土産に持って帰ってくれたのは、手作りの木工製品--小鳥の巣箱・餌箱・小物棚など一つ5百円。山口は昔から木材の産地であり、東大寺南大門の大きな柱も、周防からイカダにくんだ材木が瀬戸内海を通って淀川を遡り木津に到着後はコロで引っ張って奈良まで運んで出来たものです。(確か鎌倉時代に)焼けてしまった南大門のための太い木材が伊賀・鈴鹿あたりにはもう見つからなかったのです。
  ここ下関には深坂(みさか)の「自然の森の家」という総木造の合宿用の家(市の所有)があります。合宿などで「山口においでませ。」
 Joeが持って帰ってくれた他のものは、例によって新鮮な野菜でした。白菜・高菜(からしな)・みずな・葉付き大根(直径10cm) などでした。戦後の食糧難時代に青菜と言えば繊維の堅いバサバサしたみずなしか食べられませんでした。電気パーマをかけると「みづなの逆とんぼり」とバサバサのみずながたとえに使われました。しかし最近のみずなはその名のとおりみずみずしくて柔らかいです。写真のように大きな株から58の小さな株を取り外し、よく洗って浅漬けにしました。
  大根の葉はキューウイーやイチゴよりもはるかにビタミンCが多く含まれています。黄色くなりかけた葉や外側の堅そうな葉を除いて、みどりの鮮やかな葉だけをきれいに洗い、沸騰したお湯の中をさっとくぐらせて冷水で急速に冷やしてしぼり、細かく刻んでから油いためし塩あじをつけ、上乾チリメンを混ぜ、暖かいごはんに振りかけて食べます。
 今日はアメリカのカントリー・ソーセージをレシピに載せます。市販のソーセージ類は保存料が入っているものが多いです。アメリカでは1人1年間に保存料1ポンド・砂糖は3日で1ポンドなんて言うのを聞いたことがあります。これは少しオーバーな言い方ですが、当たらずとも、遠からずだと思います。保存料なしに作りましょう。
   

 

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