2001年2月のアラカルト

 

 

2/1
今日は入学試験でした。小雨まじりの風が吹いていましたが、受験生はみんな元気そうでした。昼食の弁当をうけとりに生協に行きましたら、生協の建物と隣の校舎との間の風当たりの少ないところに「寒あやめ」が二輪ひっそりとうずくまるように咲いていました。今日のお勤めに出て得をしたような気分になりました。

2/2
午前中は受験生たちに遠慮していた太陽が午後から急にさんさんと照り輝いてきました。紫外線なんのその日よけもしないで車を飛ばすと顎の両側あたりが温かく、カーヒーターもつけないで帰宅し、家の周りを巡り歩きますと、梅光の中高等部に建てられて間もないコンピューター室の色とりどりの可愛い屋根瓦がさんさんと照り輝く太陽のもとで色合戦をしていました。
キリ番3333募集
画面の写真を撮る方法は「今までのアラカルト」
1月12日をご覧ください。
2/3
咲きました。紅白の小梅が一つずつ開きました。
雨風低温を忍んでやっと。もう鳥が飛んできて食べてしまいそうです。幸い小道を隔てて向こう側にハゼの実が鈴なりになっていますので、鳥たちはそちらに行くように「し向けて」います。

2/4
節分や立春といえば法隆寺の鬼追いの行事が懐かしいです。中でも法隆寺の赤・青・黒の国宝の面は堂々とした風格があるのですが、眼が非常に小さいので、子ども達に手を引かれて登場するところが愛らしい。一般的には興福寺の鬼の方がよく知られていますが、法隆寺の面の方をご覧になっていない方に是非おすすめしたいお面です。ただし、今もあれらの面を使って鬼追い式をしているかどうかを確かめてください。奈良には京都と異なって「猛烈な土の臭いがする」(西脇順三郎言)
ところがまだ残っているのではないかと思います。こういう奈良で育ったために、Jodieはアメリカに永く住んでいたときも、一番行きたい所は日本でした。殊に土の臭いのする奈良に思いを馳せていました。テキサスで化石掘りに夢中になったのも土の臭いが恋しかったのかもしれません。
 アメリカにもって行った天保通宝・寛永通宝・
文久通宝と、帰りに持って帰った1ドル銀貨と自由の女神100周年のhalf-dollar coinの写真です。

2/5
期末試験が始まりました。バブルがはじけ不景気続きの今日、学生たちの中でも働きながら自分の生活をささえている者も少なからずいると思います。しかしながら、長い人生には次から次へと想像もしなかったことで思い悩んだり苦労をしなければならないことがありがちです。学生時代の苦労は
後になればなつかしいものです。したくもない勉強をさせられて時間の無駄だと思うかもしれないが決して無駄だとはいいきれません。教室の勉強からスタートして自分の挑戦してみたいことを探し出すのです。
  Good Luck on your tests!
2/6
今日はJoeとJodieの結婚記念日です。その後無我夢中で生きているうちに歳をとってしまったという感じがしています。花嫁衣装の入っていた真っ白なスーツケースがロサンゼルスのバス駅で盗まれ、テキサスでJodieが途方にくれていますと、
腕利き警官のフィンプルさんがスーツケースを取り返してくれたことがわかり、バス駅のマネージャーがスーツケースを航空便でテキサスまで送ってくださったので、4日遅れですが無事結婚式が催されたのです。朝晩のテレビ・ニュースや新聞のネタになり、そのときは疲れ果てていましたから、そおっとしておいてほしいと思ったのですが、今では愉快な思い出となっています。ロサンゼルス郊外ワッツでの略奪事件を治めた警察署長の ポリス・チーフ:パーカーさんの部下には優秀な警官がおり、その1人がサージャント・フィンプルさんでした。私がチーフにお送りしたお礼の手紙が、最初に『持ち主探し』をしてくれた「羅府新報」に掲載されました。この『持ち主探し』の記事を読んでテキサスまでしらせてくださった
親戚 のMary Kitsudaさん今あらためてありが
とうござい ます。Takeoさんにもよろしく。
 結婚式場はBaylor Universityにある
Armstrong Browning Library内のFoyer of
Meditationでした。
URLは http://www.browninglibrary.org/
2/7
期末試験では答案が出席の証拠になるのですが、今日からいつもの出席カードを配らなくなりました。四月から新しい校名が印刷された出席カードを男女の学生さんたちに配るのが楽しみではありますが、長年使っていたカードがもう使えないと思うとちょっぴり寂しくなります。学生さんたちには出席カードなどあまり歓迎しないかもしれませんが、就職先の企業などでも、梅光が出席をきちんととり続けたことを評価してくれていると思うのです。Jodieは出席カードにみんながカキコ
してくれるのが楽しみでした。マンガを描いてくれたり、感想をかいてくれたり、意見をかいてくれるのを読むのが楽しみでした。学生と教員の交流があるところに学校教育の所以があるのではと思います。雨降る冬景色も心を豊かにしてくれます。冬の間に土の中は栄養分を蓄えているのかもしれません。

2/8
今日の期末試験では受験する学生さんが一問ずつ作った問題をJodieが編集したものでした。こんな問題作成方をとったのは初めてですが、試みてよかったと思います。みんなの眼が光っていたし、参加した満足感を得たようですし、問題を作りながら大切な事柄を理解しているのをうれしく思いました。これからも少人数のクラスでは同じ様な方式を採ろうと思います。
 当大学の一行事にクリスマス礼拝がありますが会場全員がハレルヤを歌っているとき学生達が活き活きしているのが良く伝わってきたのです。このことから、クラスにも参加させることの重要さを実感したのでした。
2/9
キリ番3333は報告がありました。画面写真がとれないとのことですが、Kさんには20世紀最後の夕日を本州最西端の地「毘沙の鼻」から撮した写真をお送りします。右手に見えるのは蓋井島の一部です。
 期末試験が終われば次は採点です。アメリカの大
学にはgraderと呼ばれる人が教授の代わりに採点
をして一枚いくらという割合で教授からお金をもらう人がいます。大抵は大学院の学生です。日本では一般的にはそのような慣習はありませんので、Jodieも一枚ずつ採点しています。
2/10
今朝アメリカから相談ごとで電話を2度もかけてきた学生さんがいました。期末試験が終わると卒業旅行やホームステイに出かける学生さんがかなりいます。その内の1人はホームステイに出かけたのですが、ストレスのためか胃腸が具合悪くなったらしく泣きそうな声で相談してきました。その学生さんがアメリカにホームステイしているなんて知りませんでしたので初めはびっくりしましたが、留学生にはよくあることなので、その学生さんの話しをよく聴いてあげ、ホーストファミリーの方とも話しが出来、その学生さんがアメリカの暮らしにひどいストレスを感じないようになってくれそうなので安心しました。
 午後からは、別の件で或るアメリカ人に緊急の連絡をしようとしてアメリカのあちこちに電話をして探しました。e-mailもあちこちに出して消息をたずねました。しかし夕刻になってもみつかりませんでした。 大抵30分から1時間もあれば見つかるのですが、こんなことは珍しいです。明日まで待ってみます。国際時計(写真)が活躍した一日でした。

2/11
この連休にヴァレンタイン・クッキーをやきました。新入生となるKさんはLinzer Sandwish Rings をつくりました。JodieはChocolate Chip Cookiesをつくりました。

2/12
うちの裏ヤブにもフキのとうが顔をのぞかせてきました。まだまだ寒いと思っていましたが、もうこうして春がやって来ているのに感謝しなければなりません。


2/13
ハワイ沖での「えひめ丸」の衝突事故をひとごとのように思えません。Jodieは1963年太平洋を船で往復(片道2週間)しましたときに、ハワイ沖で突然ガガガガガ−とすごい音と震動がして、朝7時、船が止まりました。あわててプロメネード・デッキに出ましたら、もう大勢の客が出ていました。スクリューの羽が折れたなんて脅かす人もいました。間もなくセスナ機が飛んできて腹を開き、中からパラシュートを落としました。パラシュートには小さなドラム缶のようなものがついていました。調理室で大怪我をした人に輸血用の血液が必要だったらしいのです。ゴムボートがおろされて乗り組み員がパラシュートを回収に行きました。見物人達は全部、このゴムボートを見ようと船が片方に傾くかと思えるくらい、片側につめかけました。太平洋がどんなに広くて人を心細くさせるかがよくわかりました
2/14
Happy Valentine Day!
アメリカのヴァレンタイン・デーには女性は赤い服を着たり、赤い色の装飾品を身につける人が多いです。老若男女を問わずチョコレートなどのお菓子をあげたりもらったりします。普段寂しく1人暮らしをしているお年寄りの方や入院している人にもプレゼントをもって行きます。これからの日本でもこういったアメリカのよいところを真似ていきたいものです。小学生などは学校でヴァレンタイン・カードの交換を先生の指導で クラス全員が行うこともあります。日本のように男性だけがもらうということはありません。従いましてWhite Dayという習慣もありません。
 庭におちている椿の花びらを拾ってきました。
花びらがハート型をしています。同じ木に咲く椿の花でも、花びらの形や色が微妙に異なります。人間のハートも色々あります。お互いのハートを認め愛し合うことが大切だと思います。

2/15
今日は午後から暖かく車の窓を開けて走りました。スーパーでアジ2尾、カマス5尾、合わせて800円以下の買い物をして、「開き」にしました。塩を薄めにして半日で乾かしました。下関に住んでいますとこういう幸せが毎日のようにあります。下関ではいわしでも刺身で食べられますよ。下関においでませ。

2/16
昨日の午後はとても暖かでしたので夕方裏ヤブを廻りました。家からかなり離れているところのダイダイや夏かんの黄色い姿はもう見当たりませんでしたが、ヤブの中央にある2本の夏柑の木には
黄色い実があちこちにぶらさがっていました。
 萩には夏みかんの原産地とかで原種が今もまだ残されているとききます。大きくてりっぱな実ですが、今ではすっぱ過ぎて人気がないでしょう。
しかしあれほど後口がさっぱりする果物も他にないでしょう。 Jodieの母が病気で食欲のないとき、夏みかんだけは食べていたとアメリカにいるJodieに知らせてきたことがありました。
 今は 伊予柑、ハッサクなどがとってかわって出回っています。Jodieの夏かんはハッサクよりもジュースが多く、夏みかんの香に近く、すっぱくはありません。この夏かんに粉砂糖をまぶしてデザートにしましたら、すっぱくないのに驚いたJoeはボウルに一杯たいらげました。

2/17
今日は快晴。気温も予想よりはるかに高く、ARS
梅光から帰ってきて、また採点にかかる前に裏ヤブをめぐりました。今まで日が差さなかった一株の水仙が日をサンサンと受けて気持ちよさそうでした。これが今シーズン最後の一株となりそうです。小さいヨモギが背伸びをして日光浴をしていました。4月3日は奈良では「神武さん」といって
神武天皇のお宮の橿原神宮ではお餅が参拝客に向かって投げられたものです。ヨモギの入ったお餅でした。各家庭でもヨモギの入ったあんこ餅をつくりました。Jodieは今も下関でヨモギだんごを作ります。
 北部の奈良は東大寺二月堂のお水取りの行事が済まないと春が来ないと言われていますが、南部
では4月3日「神武さんのヨモギ・あん餅」を食べ、4月8日、仏様に甘茶をおかけしてから春が来ていたように覚えています。

2/18
下関にはSea Mallという名のショッピング・センターがあります。家からさほど遠くないところですが一年に精々5回ほどしか行く機会がありません。特殊なものを買うときにしか行けません。今日はハンバーガーのパン(ban)を買いにいきました。途中関門海峡の傍を通りました。平和な水辺に船があちこち止まっていました。海底に沈められた「えひめ丸」を思うとき心が痛みます。なんとしてもあの船体を引き上げて頂きたい。

2/19
ハンバーガー・パーテイをしました。学生達とゆっくり話し合うことが出来てよかったです。お茶とお菓子だけでもよいから、もっとみんなでいろいろつまらないことでも話し合うことが必要だと思います。学生達は週末にはアルバイトをしなければならなくなっています。教員側は週日には授業以外の公用があり、学生たちとの交流の時間を授業以外の週末に求めようと思っても学生達の余暇と合いません。月曜日には割合集まることができることがわかりました。

2/20
今日から東京往きです。小倉から「のぞみ号」に乗ろうとローカル線JRを待っていましたら、ある無銭乗車がJodieの前をつかつかと急ぎ足で列車に向かって歩き跳び乗りました。驚いて後ずさりして写真を撮りました。
 
2/21
一年ぶりに庭掃除です。塀の外回りの掃除で半日かかりました。朽ちた木の葉や泥土をバケツで何杯運んだか覚えがないのですが、疲れ果てて庭の片隅にしゃがむとラッパ水仙のつぼみがニョキニョキ大きなつぼみを持ち上げていました。あんな細い茎で大きな頭を風の中で支えているのですから、Jodieだって頑張らねば. . .

2/22
都心に出て用事を済ますと、新宿で待ち合わせた我々親子兄弟が都庁ビル近くの和食レストランで夕食を食べました。Jodieは食べることとなれば俄然興味が沸き立ちます。人目もはばからず写真など撮ってしまいます。魚の下関も裸足で逃げ出すような新鮮な魚が掘り炬燵式のテーブル(座布団に座りますが脚はテーブルの下に深く入ります)に次々と現れます。 しらすがあちこちに入っています。焼きおむすびの中にも味噌デンガクのタレにも入っています。しらす丼にはどっさりしらすが入っていますが少しも塩辛くありません。生のしらすらしいのです。
 帰り道のネオンが珍しく感じるほどネオンのない落ち着いた下関の中心地に長く住んでしまったのだなあと思いました。



2/23
朝から庭掃除。枯葉が山ほど集まりました。土をかけ、水をかけて腐葉土になってくれるようにしました。天をつくようなポプラが切り倒されると聞き、周りをきれいに掃除して「長い間、よく留守番役をしてくれて有り難う」と撫でてやりまし
た。

2/24
なぜか後ろ髪をひかれる思いで東京を離れましたのはやはり子どものことを心配しなくてもよいのに心配するからでしょうか。新幹線で西に進むにつれて気持ちを切り替えるために仕事か本を読むことにしています。夜のとばりが降りる直前に富士山を見ました。

これで踏ん切りがついて下関に戻れました。そして今日、ARS梅光で一生懸命英語の勉強をしているうちに時間を大幅に超過してしまいました。後2回で何とか英語が話せるようにせねばなりません。ARSのみなさん、がんばりましょう。
2/25
椎茸が沢山とれましたので椎茸を使った料理をなべなければなりません。嬉しい悲鳴ではありますが、東京から帰ってきてからまだ食料を買いに行く時間もなく、この椎茸と冷蔵庫に残っているものとを使ってアメリカでいう中華料理のchicken
chop sueyを作ったり、解凍ホタテを使って串焼き(shishkebab)をつくりました。


夕方また東京に向かいました。
2/26
総武線市ヶ谷駅のホームでお堀に水鳥が沢山いました。向かって左の方に円盤状に集まっていたのを写真に撮りたかったのですが電車が来てしまって撮ることができなかったのが残念でした。

2/27
東京に家の近くのスーパーにも何かと珍しい食品に出会います。アメリカのバーベキュー・ソースだのブルーベリーなどを買ってきてお惣菜にできます。ブルーベリージャムをつくりました。

2/28
今日は春一番が吹きました。先週集めて3本の桜の巨木近くに盛り上げ土をかけて置いた枯葉があちこちで砂をけとばしながら飛び散りまわりました。かき集めようとしても更に舞い上がるので諦めて、買い物にいきました。春といえば雛祭りなので、雛菓子の入った雛人形、いや、そうじゃなくて、雛人形のお飾りのついた雛菓子を買いました。

 

BACK