550トンの衝撃

 ぼくは胸がドキドキしていた。
 もう明日の朝には何もかも終わっているのだ。決して来ることがないと思っていた未来が、すぐ目の前までやってきていた。為す術もなく近付いてくるその最後の瞬間に向けて、ただただ無力に待ち続けるしかない。その時のぼくは他のことが何も手につかなかった。
 今日はコンバトラーVが最終回なのだ。
 最初に知った時は衝撃的だった。たしかに数回前の放送から少しおかしな感じは受けていた。普段は絶対起きてはいけないことが次々に番組の中で起こっていく。前回ではついにコンバトラーVの基地である南原コネクションが爆発。ぼくはテレビの前で口を開けっぱなしにして、その様子をただ茫然と眺めた。そんなはずはない。南原コネクションがなくなるなんてあり得ない。今まで何度もピンチにあったけど、そのたびに切り抜けてきたじゃないか。ただ、そう心の中で繰り返していた。
 たたみかけるように、放送の最後に告げられた衝撃の言葉:「次回、感動の最終回!」
 ぼくはテレビの前で放心状態になった。
 しばらくして、台所で夕ご飯の後片付けをしている母親のところに行って、壁に力なくもたれかけた。母親はまさか息子が人生最大の絶望を抱えて後ろにいるとは夢にも思わず、家事をしていた。
 コンバトラーVは終わらないものだと思っていた。
 ぼくが大人になるまで当然ずっと続くものだと思っていた。これからも毎週毎週コンバトラーVを見ながら、ぼくは大人になっていく。そう信じていたのだ。
「ママ。コンバトラー終わるって」
 ぼくは皿を洗っている母親に言った。言葉に出すと、堪えていた涙が少しこぼれた。
 でも、母親はそれに気がつかなかったようで「あ、そうなの。残念ね」とだけ、なんでもないことのように返事をした。大人にとってはコンバトラーVが終わるなんてなんでもないことなんだ。それが分かって余計にショックだった。
 人生で最初に憶えた歌はコンバトラーVの主題歌だった。音楽の素養がない家に育ったもので、小学校一年に上がるまでレコードの存在すら知らなかった。だから親友のタケラに小学校の登校路で一小節ずつ教えてもらった「コンバトラーVのテーマ」が初めて「歌」という存在に触れた瞬間だった。学校で辛いことがあっても、友達とケンカをしても、コンバトラーVがあれば平気だった。
 あと一週間後。一週間後が来たら、ぼくはもう二度とコンバトラーが動くところを見られなくなる。それは日に日に実感を増して襲ってきて、どうにかできないものかと人生で初めて本気で悩んだ。そして、考えた末、ぼくには何一つそのことを止める方法がないことを思い知らされて、やはり人生で初めての無力感に苛まれた。
 結局唯一思いついたのが、父親のスピーチ録音用のテープレコーダーを貸してもらって、それでコンバトラーVの最終回を録音することだった。それまで何かをまじめに練習などしたことのないぼくだったが、その一週間は何度もテープレコーダーの録音に失敗しないように、必死に特訓した。テープの録音ボタンを押してから何秒後に実際に録音が始まるか、感覚で分かるまで何度も練習をした。でも、練習をすればするほど、コンバトラーVが本当に終わるのだということをただただ、余計に思い知らされるだけだった。
 最終回当日は学校でもコンバトラーのことばかり考えていた。筆箱にコンバトラーVのイラストが描いてあったので、ずっとそれを眺めていた。本当に――本当に今夜、コンバトラーVが終わるのだろうか。そんなとんでもないことが起きるのに、なんで世界は少しも変わりなく動いているのだろう。あたりまえに授業をする先生たちも、すでに次の番組を楽しみにしている同級生たちも、みんな信じられなかった。彼らは分かっているのだろうか。コンバトラーVは今日でもう見られなくなるのだ! それがどんなに恐ろしいことか、なぜ誰にも分からないのだろう。
 夕飯を適当にすませ、コンバトラーVが始まる一時間前にはもうテレビの前に座っていた。いつもなら六時台はあまり好きなものをやっていなかったので、テレビをつけっぱなしで寝転んで漫画を読んだりしていたが、今日はずっとテレビの前に座っていた。なぜか自然と正座をしていた。
 いよいよ直前の番組が終わって、提供のテロップが流れ、CMが始まった。あと二分。あと二分後にぼくの最後のコンバトラーが始まる。泣きそうになったけど、そんな余裕はなかった。一秒でも見逃すまいと、ぼくはテレビに至近距離まで近付いて、テープレコーダーのスイッチを入れた。もしかしたら涙を死にものぐるいで我慢したのも、その時が初めてだったかもしれない。
 コンバトラーVが終わるぐらいだから、もしかしたら、すべてのことはいつか終わるのかもしれない。
 ふと、番組が始まる刹那、そんなことが頭をかすめた。今まで考えたこともなかったけれど、もしかしたらぼくが永遠に続くと思っているこの「小学生」という時間もいつか終わりが来るのかも知れない。とても信じられないけど、近所をよく歩いているあの黒い制服姿のお兄さん、お姉さんたちと同じ服を着て、歩く日が来るのかもしれない。女子に興味を持ったり、泳げるようになったり、父親よりも背が高くなったりする日が来るのかも知れない。それはあまりにも途方もない考えで、想像すら難しかったけど、半年前にコンバトラーVが最終回を迎えることだって、やはりぼくには想像できなかったはずだ。
 CMが終わった。
 おもむろにオープニングの「V、V、V、ビクトリー」が流れ始めたので、ぼくはすべての思考を振り払って、テレビに集中した。今はいい。今は先に広がる未来も、これから先のこともどうでもいい。今はコンバトラーVの最後を目に焼き付けておくのだ。——もしかしたら、いつかこんなこともみんな笑い話になるのかもしれない。でも、今はとても信じられない。胸が締め付けられる。ほおがひきつる。コンバトラーVが終わってしまう。
 ぼくの大好きなコンバトラーVが終わってしまうのだ。

Category: エッセイ, 思い出 コメントは受け付けていません。

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