800/当局が狙ってる

先日「陰謀のセオリー」という映画を見て知ったのだが、どうやらぼくらの周りにはたくさん陰謀が渦巻いていて、当局が国民を監視しているらしい。実はこのことにはぼくもだいぶ前から気がついていた。スタジオに年数回の割合で「高橋さん、いらっしゃいますか?」とかかってくる間違い電話が実は当局の調査団であることは明白である。以前にスタジオに外から電話したとき、下2桁を間違えてかけてみると、「高橋です。」という人が出たのだから、その工作の念の入りようはたいしたものだ。四年前の都知事選で投票用紙に「禿げてないやつ」と書いて入れたのがよほど当局の逆鱗に触れたのであろう。
考え始めると、
監視されていると思われる証拠が無数に浮かんでくる。
電話だけでなく、ネット上のぼくの行動も逐一モニターされているはずだ。何しろ定期的に送られてくる着物の通信販売に似せた巧妙なメールなどはぼくが何度断っても必ずやってくる。――さらに不可解なのはPHSの通信中に突然通話が一時的にとぎれる現象が家の周辺で多発することだ。その時には同時に液晶画面に表示されているアンテナのマーク(たぶん電話会社のシンボルではないかと思われる)が突如として消えてしまう。明らかに傍受である。周辺に怪しい工作員がいないかと思って偵察したところ、ぼくの常人離れした観察力が以前は横の電信柱にあったアンテナのようなものが消えていることに気がついた。素早い。ぼくの行動をいち早く察知しての隠蔽工作であろう。敵の巨大さが伺い知れる。
通信傍受法が施行された暁には真っ先にスタジオが傍受の対象とされるはずだ。何しろスタジオは実に多くの犯罪に関わっている。――まずは猥褻画の貯蔵だ。スタジオの書庫には明らかに当局のガイドラインに反すると思われる著作物が最低二冊はある。中でも凶悪なのは「郵便受け」という英語をコードネームに冠した、こともあろうに週に一度の頻度で発行されている猥褻戯画集である。これだけでも見つかれば終身刑は免れないだろう。
さらに恐ろしい告白をせねばならない。我がスタジオでは猥褻画の貯蔵に勝るとも劣らない重大な国家的犯罪が行われている。言葉として書くのすら恐ろしいが、当スタジオの全員が薬物を服用しているのだ。しかも、それはスタジオに大量に常備されているという始末だ。極めて強力なこの薬物は一旦服用するとわずかな間に意識が朦朧として、瞬く間に睡眠状態へと導かれる。しかも、薬物の種類は一種類ではない。「ルル」や「コルゲン」などという怪しい外人名がつけられた薬品が無数にあるのだ。
おそらくここまで悪質な犯罪になると、当局も逮捕を考えず、直接始末を考慮し始めているだろう。このことは先日最寄り駅の構内でぼくが通る場所をあらかじめ予想した上、ゲロに見せかけた潤滑剤が散布されていたことでも裏付けられる。もしもとっさに背後にいた巨漢のおばさんに変装した工作員にしがみつくという機転を利かせていなければ、おそらく足を滑らせたぼくは、あの時にコンクリートの床で絶命していたはずだ。恐ろしいのは事前に注意をそらすため、わざわざぼくの愛読する雑誌の発売日を選び、尚かつX地点直前のキオスクの目立つ場所にその雑誌を展示していたことである。考えてみれば、キオスクの店員のしゃべり方もどこか不自然であった気がする。
こうなれば誰も信じることはできない。自分の身は自分で守るしかない。古くからの知り合いであるスタッフですら安心はできない。何しろすでに当局の手によって本人は消され、替え玉がその代わりを務めている可能性があるからだ。事実、最近スタッフの一人の顔の輪郭が微妙に変化したのをぼくは見逃していない。当局はぼくの観察能力をみくびっているが、顔の輪郭だけでなく、そのスタッフの体型が微妙に変わっていることもぼくは見抜いている。明らかに以前より下腹と太股が大きい。そして、自らの観察力に驚嘆さえ覚えるが、彼の食事の好みが変わったことすらぼくは瞬時に見破った。以前は淡泊な食事が中心であったのに、近年、彼は脂っこいものを好むようになった。体型や輪郭が変化したのも時期的に重なるので、別人であることはまず間違いない。
そして昨日、当局から最後通告が来た。赤いまがまがしいハガキには多額の上納金を納めない限り、三日後にぼくのライフラインを停止するというあからさまな脅迫文が記載されている。
絶望的な状況だが、ぼくはこの事態にさえ一抹の希望を見い出すことに成功した。今まで謎だった当局の前線基地を発見したのである。やつらも今度ばかりは油断したようだ。と、いうのもその赤いハガキの裏にやつらのシンボルマークがいくつか掲載されていたのである。これらのマークはどれも近くで見たことがある。以前から変に思っていたのだ。何しろこれらのマークを冠した店舗にはすべて共通の暗号「24」が併記されているからである。この数字が何を意味するのかはまだ分からない。しかし、残された最後の希望はこの暗号の解読にある。残り時間はあと三日――ぼくは最後まで戦うつもりだ。

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