Archive for 7月 2005


萌えバトン返し

7月 31st, 2005 — 11:43pm

さて。
なんか良く分からないことになっています。
昨日ぼくの「萌えバトン」の答えを見たスタッフ二人よりめでたく「ロリコン」の称号をいただき、今までの人生でもはじめての名誉ある役職に正直戸惑いが隠し切れません。
これ以上ロリコン説が拡大しないように、当分この話題に触れずにスルーしようかと思っていたのですが、そうこうしているうちにねこぞうのとこに次々に身内が現れて、バトンに答えまくってくれたあげく、ついにはうちの母親までがサイトで答えている始末(母ちゃん……。)
とりあえずそれでもひととおりみんなのところをバトンが一周したっぽいので、もう忘れようかと思っていたら、なんか第二弾がねこぞうから届いているし。
「萌えゲームバトン」。
……これはまずいんです。
このジャンルだけ、実はちょっと弱みがあるんです。ロリコン説を助長するようなゲームの名前をどうしてもあげなければならないので、明らかに罠です。
だから見なかったことにしようと思っていたら、さっそくひらやんがサイトでバトンに答えていたので、さすがに一人だけ逃げることもできません。たかさん言うところの「のっぴきならない状態」に今度はぼくが陥ってしまいました。人を恨めば穴二つとかなんとか。ちょっと違うけど。
そんなわけで潔く受けて立とうじゃありませんか。
(これで当分スタッフ内でのあだ名は「ロリー」で固定される覚悟です。)
【萌えゲームバトン】
(1)今までで一番「萌えた!」ゲームを教えて下さい。
大変に答えたくない。
しかし、常日頃、あまりにもいろんな人に言ってしまっているだけに、ほかのゲームをあげることができない。
はい。ズバリ「零〜紅い蝶〜」です。
はい。美少女の姉妹が主人公のホラーゲームです。
はい。なぜか「萌え」ます。
(2)(1)でお答え頂いたゲームの「萌え所」はずばりどこでしたか?
言っとくけど、キャラじゃないです、一番の萌えポイントは!
名前——「ネーミング」のセンスが好きなんです。「虚(うつろ)」とか、「楔(くさび)」とか、「氷室邸」とか、「忌み柱(いみばしら)」とか……零3も今やっていますが、新登場の「鎮め唄」が最高萌え。
(3)萌えなゲームキャラ、またその魅力を教えて下さい。
うーん。難しい。でも、一人といえば、やはり「ゼルダの伝説・風のタクト」の「リンク」です。ほかのシリーズのリンクはだめです。「風のタクト」のリンク限定。少しばかり頭の弱そうないっしょうけんめいさが大好きです。「ああぁぅっ!」(←必死にガノンドロフを攻撃するリンクの声。)
(4)プレイ中、いちばん「萌え」を感じたのはどんな時ですか?
リンクがおばあちゃんが具合が悪いと知った時にすごく悲しそうな顔になる瞬間。
(5)自分が登場するとしたら、どのゲームのどんなキャラになると思いますか?
バーチャーファイターの酔拳じじい、シュンディ。この十年、プレイしすぎて、すでに一心同体です。人がプレイしている時でも、じじいが蹴りを食らうと、なんとなく痛みを感じます。
こうして書いてみて改めて思うのは、「萌え」というのは日本人独特の感情で、英訳もできないし、外国人に説明もできないなってことです。「萌え」こそ日本の文化の神髄なのかもしれません。
とりあえずこのバトン、 なんの迷いもなくたこすけのところへ送らせていただきます。

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萌えバトン・トワーリング

7月 29th, 2005 — 6:29pm

先日、ひらやん(一番新しいスタジオのメンバー)のサイトから萌えバトンをもらってきました。
前から一度こういうのをやってみたかったし、ワンパラのネタにつまっているところだったので、めちゃ気軽な気持ちでひらやんに「バトンちょうだい」なんて言ってしまったのですが、いざ書き始めてみると恥ずかしい!  ひらやんも「答えは正直に書いてる」って断言していたので、ぼくも出来る限り正直になろうと思いながら書いてみたのですが、書きながらすでに関係各方面からの嘲笑が聞こえてくるようで、一抹の後悔が——。
えーい! 何を言ってる、向山!! いさぎよくいかんかーい!
正直でなければ男じゃねえ! これでどうだぁ!
【萌えバトン回答】
(1)属性を正直に告白せよ
女性=きつい性格の人。外見的には美人よりもかわいい方が好み。童顔だと+1点。小柄だとさらに+1点。
   ことあるごとに意見が対立するような人にむしろ惹かれる。基本、妹属性。
男性=刑事コロンボ、間寛平あたりを代表とする哀愁ダンディー系。
(2)萌え衣装を答えよ
女性=黄色、ピンクあたりのパステル系のセーターはなんか中学時代以来ときめくものが。20歳以下の場合なら
   乙女袖も+1点。
   ぴたっとした服は苦手傾向あり。全体的に夏服より冬服萌え。そのせいか物語の季節を冬に設定しがち。
男性=高いブランド品とかでなく、普通のスーツをかっこよく着る。
   あと、アフリカ系アメリカ人の服装は全体的に好きだが、あれはあくまで彼らしか似合わないと思う。
(3)萌え小道具を答えよ
女性=(4)の答えに関連して、髪の毛用のシンプルなゴムバンドとか。キラキラしてるギャルっぽいのはだめ。
男性=007が使うようなスパイっぽい小道具は心くすぐられる。毒針を撃てる腕時計とか万年筆がほしい。
(4)萌え仕草を答えよ
女性=仕事などを始める際、長めの髪をささっと後ろでくくる手慣れた仕草。
   鏡とかなくても、人と話しながら、きれいにささって出来ちゃうと、何か「女の人だなあ」と思っちゃう。
男性=たばこは様になるなあ、と昔からうらやましく思ってる。でも、親の強い希望で一度も吸ったことがない。
(5)萌え場所を答えよ
これ、難しいです。でも、横浜全体がなぜか好き。観光地化してて嫌いっていう人も多いでしょうが、みなとみらいとかの雰囲気にはすぐ酔ってしまえる。大小問わず、遊園地系のスポットでは到着後一分で小学生に帰れます。
ふーふーふー。
けっこう考えました。
意外なほど自分の「萌えポイント」ってこの年になっても分からないものですね。(あるいはこの年になったからこそ分からないのか?)
さて、ひらやんにはぼくのあとはBFCイラストレーターのたかさんのとこにバトン送るって言ってしまったのですが、昨日たかさんにかるーく「萌えバトン送っていい?」ってメールを出したら、五分後ぐらいににすぐ「いやです。(笑)」っていう身も蓋もない一行の返事が来てしまったので、本当はぜひたかさんの萌え度を知りたかったのですが、まあ、今回はねこぞうのとこに回しておきます。ってことで、この恐ろしいピンクバトンは次、PSYCHOCATSにとんでいきます。
その次は……あなたのところにいくかもしれません。ご用心を。ふふふふ。
【その後の追加情報】
何やらねこぞうのとこにバトンが渡ったあと、ねこぞうの掲示板が祭りになっているようです。

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TM TAPE!

7月 23rd, 2005 — 2:02am

今日、妹から電話で「あたしがTM○○○ワークの熱狂的なファンだったってこと、しょっちゅうワンパラに書くから、親戚中に広まってるじゃない!」としかられたので、これはきっともっと書いてほしいのだと解釈することにした。
そこで今回は1985年頃、下関の実家での話。
当時、ぼくが17歳ぐらいで、妹が中学校に上がったぐらいの時だったと思う。妹はおよそ小遣いを最後の一銭まで小室哲哉の印税に捧げている最中だったので、CDはもちろんのこと、まだ目新しかったライブやプロモ映像のビデオも一通り買っていた。何しろ小室哲哉の名前がついているというだけで、当時話題だったEOSのkomuroバージョンのキーボードも買っていたぐらいなのだ。(EOSが何か分からない人のために簡単に説明すると、EOSとはサイボーグ手術を受けたバカでかいピアニカみたいなものである。)その勢いを思い出すにつけ、おそらく当時、小室が毎日食べていたもののうち、少なくても朝食のロールパンぐらいは全部妹が払っていたとしてもおかしくないと思う。
部屋はもちろんポスターだらけであったし、ギタリストが書いた小説(イヌがしゃべるやつ)も当然持っていたし、小室哲哉がプロデュースしたという触れ込みのファミコンのゲームまで買っていた。——ちなみにこのゲーム初回限定版(まるで実際に増産されたかのような言い方だが、もちろん初回限定版以外存在しない)はアルミのケースに入ってきていた。ぼくも実際にプレイしてみたが、そのつまらなさときたら、脳死したゾンビでも退屈するほどの内容だった。数あるTM製品の中で、妹が当時リアルタイムで「買って失敗した」と認めたのは、後にも先にもこれだけだったので、そのすさまじさを分かってもらえると思う。
さて、当時大人気のTM○○○ワークはとにかくよくテレビに登場した。ベストテンや夜のヒットスタジオはもちろん、深夜の音楽番組にもひっきりなしに出てきた。妹としては当然このどれかひとつでも見逃せば命に関わることだったので、その番組を命に替えてもビデオ録画しなければならないのは、当然家族内で唯一ビデオが扱えるぼくの使命だった。万が一、予約録画にでも失敗しようものなら、即家庭崩壊につながりかねないので、TMがテレビに出る日の三日前には母親が念のため、いつも冷蔵庫のホワイトボードに大きくこんな感じのことを書いていた。
TM 7/24 8:00-8:52 ベストテン 録画:標準
当日になると、一時間ごとに妹と母親からちゃんと録画がセットされているかチェックが入る。そのたびに「大丈夫だよ、しつこいな!」と自信満々に言いながらも、こっそり何度か心配でビデオをチェックしていた。あの頃、ベストテンが始まるときにぼくほど緊張してビデオの録画マークが点灯するのを見守っていた人というのもほかにいないと思う。
そんな中、あの恐ろしい出来事が起きた。
忘れもしない、遊びに行った先から妹の電話が入って、今やっている「ザ・ベストテン」で今日TMが1位らしいから、「絶対死んでも撮って」という連絡だった。そんな記念すべき映像を撮り逃したら、向こう一月ぐらい向山家は家族として機能しなくなってしまいそうだったので、ぼくはあわててテレビのところへとんでいき、必死に空のビデオテープを探した。
何しろ当時のビデオテープというのは一本2500円とかした時代だったので、ぼくらにはそうそう頻繁に買える代物ではなかった。だから、とにかく三倍モードで広告を抜き、わずかな空き部分にでも30分のアニメを、これまた主題歌、アイキャッチ、広告を全部抜いて録画したりしていた。だから、すぐに何か撮れと言われても、テープの空いている場所を探すというのが、実に至難の業だったのだ。
そうこうしているうちに黒柳徹子が今週の二位を発表していた。まだ二位の歌手が歌っている間に五分ぐらいは稼げるだろうと思ったら、二位はドリームズ・カム・トゥルー。出やしやがらねえ。何やら事務所が代わりに書いたようなコメントがひとつ読み上げられただけ。ぼくは額からボタボタ汗を垂らしながら、必死にビデオの巻き戻しのスピードが速くなるように念力を込めて祈りながら、心の中で「ちゃんと出ろや、ドリカム〜!!」と理不尽な怒りを爆発させていた。そして、黒柳が再びにこやかに言う。
「さあ、いよいよ今週の1位の発表ですが、その前にコマーシャル。」
ぼくに残された時間はこの1分間だけである。あのギラギラした回転ドアから後に華原朋美を捨てる男が出てきたときにもしビデオが回っていなかったら、妹が帰ってきたあとに修羅場が待っている。必死にビデオテープを巻き戻していたのは、そのテープに三倍で撮った三本の映画のうち、最初の一本だけは消してもいいものだったので、そこまで頭出ししようとしていたのだった。しかし、「高速サーチ」など夢のまた夢の当時のビデオ。無情にもコマーシャルが過ぎ去り、再び黒柳が登場。ドラムロールと共に1位のボードが回り始めてしまった。ビデオはおそらくまだ二本目の映画の途中である。今録画を押せば、撮るには撮れるが、ぼくが大好きな「ピラニア2 殺人魚フライングキラー」が消えてしまう。
家族の和か? ピラニア2か?
ぼくは涙ぐみながら、ビデオの録画ボタンを押した。
ちょうどタイミング良く、やさおとこ三人衆が回転ドアから出てくる。ぼくは深い安堵の息をついて、床に腰を下ろしながら、こうしている間にも刻一刻と小室のアップに塗り替えられていくピラニア2の運命を嘆いた。かくして無事にTMの演奏が終わり、最後の挨拶も録画したことを確認してから、ぼくはおもむろにビデオの停止ボタンを押した。そして、念のため、映像を確認しようと、少し巻き戻して再生してみた。
映ってる、映ってる。……映ってる……けど……あれれ!? 
全身の毛が逆立った。
……なぜか音が出ていない。
どこをどういじっても、まったくなんの音も出ない。画面では元気よく宇都宮が熱唱しているのに、スピーカーからはかすかなノイズが流れているだけで、まるでライブ中に突然カラオケがとまってしまった時の光GENJIのようだった(分からない人は30代以上の大人に聞いてください)。ふと気がついて、ビデオの裏を調べてみると、先日友達のデッキとダビングするためにコードをつなぎ変えた時、音声のケーブルだけ間違えてつないでしまっていたことに気がついた。
音なしTM。
許されるはずがない。
こんなもの見せたら腹いせに、妹にあれもこれも、隠し事を全部母ちゃんに暴露されてしまう。あわてて友達数人に誰か今のベストテンを撮っていなかったか電話で聞き回ったが、そんな都合のいいことはなかった。
妹は今にも帰ってくる。どうしよう。いっそ、自分で代わりに歌ってアフレコするか?
いや、落ち着け向山。わけわからなくなってるぞ。
今までの人生でかつてないほど濃密な五分間の思案の末、たどり着いた結論はひとつだった。
そう。今日、TMは出なかったのだ。
ぼくは証拠隠滅のため、ピラニア2のテープを元通りビデオ戸棚に戻し、何食わぬ顔でテレビを消して、手近なマンガを片手にベッドに寝ころんで待った。まもなく妹が帰ってきて、案の定、玄関からこっちへ一直線に走ってくる音がする。すごい足音だったが、ぼくの心臓の音でそれもよく聞こえなかった。
「TM撮ったぁ!?」
飛び込んできた妹に、ぼくは脈拍180でできる範囲の冷静を装い、読んでいるふりをしているマンガで顔を隠しながら何気なく言った。
「あ、TM出なかったよ。見てたんだけどね。残念だったね。」
妹の顔にものすごいショックと落胆の色が現れて、一瞬良心がバッキバキに痛んだが、それでもマンガを読み続けるふりだけはし続けた。
「そうか……」
妹はどうやら納得したようで、肩を落としながらも笑顔に戻っていた。ぼくは心の中でビデオの神に何度も感謝しながら、次からは必ずケーブルの接続を確認することを心の中で固く誓っていた。
「まあ、出なかったんならしょうがないや。じゃあ、一位になったとこだけ見る。」
「えっ?」
家庭一ヶ月間崩壊。

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あなたは紙を信じますか?

7月 21st, 2005 — 6:15pm

中学校一年に上がった時、最初に購買部で買ったのがコクヨのルーズリーフ(中罫)だった。
昔から父親がノートではなくルーフリーフを使っていたので、子供心になんとなく大人になったらルーズリーフを使い始めるものだと思い込んでいて、前々からの計画的な行動だった。小学校の間は大変不満ながら、「まあ、まだ子供だし」という理由で、仕方なく「ノート」に甘んじていたのだが、中学校に上がったのだから、そろそろぼくも「ルーズリーフ」に値する年になっただろうと、勝手に判断したのである。
だから、春休みの間ずっと計画していたとおり、中学校の最初の授業日に、朝、購買部でルーズリーフを一束買った。それを持って教室に行き、父親にもらったバインダーに教科別の仕切を挟んで、それぞれの教科のところにルーズリーフを二十枚ずつ分けていった。一番最後には「小説」と書いたセクションを作って、そこにもルーズリーフ十枚ほど挟んでおいた。小説はそれまでも書いてはいたのだが、なんとなくルーズリーフに書き始めるのは、今までよりもずっと本格的な感じがしていた。何しろパソコンはおろか、ワープロもない時代である。背表紙に拘束された「ノート」という不便な枠を抜け出して、自由で束縛のない「ルーズリーフ」の世界への旅立ちは、なんとなく背筋を正される思いだった。
中罫のルーズリーフだったこともあり、行間が細いので、今までのノートの何倍もの文字が1頁に書けた。だから、1頁を文章で埋めるのは以前にも増して大変だった。しかし、そんな困難すらも大人の世界へ迎え入れられたような気分にさせてくれることの一つに過ぎず、ぼくはほとんどすべての授業を無視して、学校ではずっと小説を書き続けた。幸い、マンガと違って、小説は遠くから見ると、授業のノートをとっているようにしか見えないので、定期的に黒板の方に顔を上げて目を凝らすような動作を行うのさえ忘れなければ、最前列でもまず気づかれることはない。中学を卒業する頃にはこの動作は、無意識に一定の間隔で行えるようになっていた。
そんなわけで、ルーズリーフのバインダーは本来の役目を全うすることなく、最後のセクションばかりが膨らんでいき、次第に他のセクションに割り当てられた紙も最後のセクションが奪い取っていった。二束目に買ったルーズリーフの紙に至っては、ほとんどが最後のセクションに挟み込まれることになった。一番割りを食ったのが苦手教科の「数学」で、そこにはたった一行、途中でギブアップしたまま放置してある因数分解の式が書いてあるだけという始末だった。
以来、今日に至るまで、今でも小説を書くときはコクヨのルーズリーフ(中罫)を使っている。ルーズリーフならなんでもいいだろうという気もするのだが、なぜか未だにコクヨのルーズリーフ(中罫)しか使いたくない。
なんでか?と聞かれてもよく分からない。中学校の時に初めて長編小説を書いたのがその紙だったからなのかもしれない。あるいはあれにばかり書いているうちに、書き文字のデフォルトの大きさがコクヨの中罫にぴったり合うようになったからかもしれない。別にほかの紙でも書けるとは思うし、書いたこともある。でも、書いている途中に不思議な疑念が沸いてくるのである。
確かにこの紙でも書ける。でも、コクヨの中罫ならもっとうまく書けるのではないか、という気持ちである。
辛かったことも、うれしかったことも、楽しかったことも、みんなあの紙と共に迎えてきた。今まで書いたほとんどの小説の初稿はもちろん、中学校の時のラブレターも、受験勉強も、みんなルーズリーフに書いた。いつかもし遺書を書く日が来たら、やはりあの紙に書くのではないかと思う。
今では携帯電話でも活字が打てるようになって、文字でのコミュニケーションの大半ははかなく消えていく電子の世界に漂っている。だからこそ、昔から少しも変わることのない、コクヨのルーズリーフ(中罫)に自分の手で文字を書き込んでいくことが、こんなに愛おしく思えるのかもしれない。
ぼくは今も紙を信じている。

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悪魔の辞典2005 向山バージョン

7月 18th, 2005 — 1:09am

【平和】
戦争と戦争の間にできる、ごく短い休み時間のこと。
【ゲーム脳】
かつてマンガが子供に悪影響を及ぼすと唱えていた学者たちが、行き場を失って群がっている都市伝説。
【国会】
テレビの放送コードにひっかからない範囲で、どちらがより下劣な野次を発することができるかを競うNHKの看板番組。
【ニート】
1、一部のマスコミが様々な人間の特徴をひとつに組み合わせて作った想像上の生物。
2、近い将来、「そういえばそんな言葉があったな」と苦笑される運命にある、出来の悪い造語。類似語に「MK5」「だっちゅーの」などがある。
【国連】
アメリカに否決されるためにだけに全世界が時たま集まって行う会議。
【常任理事国】
主にアメリカと、アメリカが好きな国の総称。
【携帯電話】
多くの場合、つながることよりも、つながらないことの方が多くの意味を発生させてしまう新世代の通信機器。
【郵政民営化】
ヤマト宅急便ができた日。
【DVD】
「だんだんビデオ出なくなる」の略。

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玲奈カジがもし細見えだったら

7月 15th, 2005 — 1:09am

世の中には業界用語というものがある。ある特定の仕事の人同士でしか使われない言葉のことである。
ぼくがお世話になっている出版業界でもたくさんの業界用語が日常的にとびかっている。「ゲラを戻す」とか「束見本があがる」とか「赤を入れる」とか「トルツメ」とか、普通の人が聞いたら首を傾げるか、誤解するかの言葉のオンパレードである。(実際、最初に「夕方までにゲラを戻して下さい。」と言われた時、うっかりそれが「夕方までにゲロを戻して下さい。」に聞こえたため、いったい何をさせられようとしているのか、本気で不安になったことがあった。)こういう「言い回し」はどれも知り合い同士の迅速なコミュニケーションのために発明された言葉で、忙しい時に時間を節約するためのちょっとした工夫である。
思うに、「職業」という区切り以外にも、いろんな社会的集団ににおいて、その中でしか使われない「業界用語」があると思う。中でも性別や年齢という区切りごとにある「業界用語」というのは、誰もが経験があるのではないだろうか。——つまり、ある一定の時代に生まれた同じ性別の人間同士でしか伝わらない言葉や表現というのがあるように思えるのだ。
たとえば少年ジャンプ全盛時代に多感な少年期を送ったぼくらの脳髄には、ジャンプ独特の表現が今も数多く息づいている。だから、たまに同級生などに道端で会うと、いきなりそいつの背中にダダダダとパンチを連打で浴びせ、「北斗百裂拳」と叫びたい衝動にかられて仕方がないのだ。(この時の台詞はほかにも「ペガサス流星拳」「フラッシュ・ピストン・マッハ・パンチ」「スペシャル・ローリング・サンダー」「界王拳四倍」など、当時思い入れの強かったマンガのタイトルによって若干変わる場合がある。)ぼくらの世代はこれがコミュニケーションになる。その上で、「おー、おまえか。」「懐かしいな。」などと言いながらヘッドロックを掛け合う世代なのだ。
なんだか例としていささか不適切なものだったような気もするが、どのみち不適切な世代なので、気にせず話を先に進めることにする。とにかく、このように世代別、性別別にも、独特の「業界用語」というのがあるように思う、というのが今日のワンパラの主題である。
なんでこんなことを考えたのかというと、実はさっきスタジオの片隅でいらない雑誌をひもでくくりながら、積み上げてあった雑誌の束の一番上に置いてあったnon-noの今月号をなんとなく目で追っていたからだ。何回読み返しても、どうにも表紙に書いてあることがよく分からない。その号の特集なのだろう。表紙には真ん中辺りに、大きくこう書いてある。
「ふわ揺れスカートは指名買い!」
何回読んでも、まったく意味が分からない。日本語なのに、書いてある内容について、「スカート」というのが辛うじて何か分かるのがせいいっぱいである。一瞬、よっぽど夏バテがひどいのかと思った。
またその上にはこうある。
「きちんと見えてずっと活躍  夏モテ「ブラウス」、細見え「ちびポロ」」
戦術的な暗号にしか見えない。前に帝国陸軍が太平洋戦争の時に使っていた暗号表をどこかで見たことがあったが、この文面とやや似ていたような気がする。
とりあえず主語が何だかさっぱり分からない。
活躍するのはいったい誰なのか。あるいは活躍するのはブラウスなのか? それともちびポロなのか? いや——そもそもちびポロというのは何なのか。ニュージーランドあたりで新しく発見された海洋生物なのか、それとも少々思考に難のあるデザイナーが考えた新しいキャラグッズなのか!?——しかも、その「ちびポロ」は「細見え」な「ちびポロ」である。
ぼくにはなんのことだかさっぱり分からないパラレルワールド版の日本語のようなこの文章が、なんの説明もなく、普通に表紙に載っているということは、おそらくこの雑誌の読者にはこれだけで特集の内容がどういったものなのか分かるのだろう。一瞬、書店でこの号の表紙を見て「わー、細見えのちびポロがちょうどほしかったんだー」と思っている女の子の姿を想像してみたが、どうしても小さめの奇妙な海洋生物を抱えている女子高生の姿しか浮かばない。
それでもまだこの二つはいい。なんとなくでも前者はヘアスタイルについて——後者はなんらかの洋服の選び方についての特集だということが辛うじて想像できるからだ。問題はこの号の一番上に、巨大なゴシック体で書かれている次の文である。    
「愛され玲奈カジがお手本!」
もはやギリギリで日本語だとしか分からないこのフレーズから、いったい何を想像していいのかさえ分からない。たぶん玲奈というのは誰かの名前だとは思うのだが、もし違っていたら恥ずかしいので、そう想定することもままならない。まさかカジが玲奈の下の名前だとは思わないが、そうだったら怖いのでそれも頭の奥へ追いやっておく。そして、金田一春彦が激昂しそうな、何を修飾しているのかさっぱり分からない文頭の「愛され」——
「玲奈カジ」が何のお手本なのかは分からないが、少なくても日本語の作文のお手本でないことを祈るばかりである。
あまりにもこれらの見出しが印象的だったので、戯れにほかの号も見てみると、ぱっと目についただけでこんなにも得体の知れない見出しが並んでいた。
「どっちも欲しいON/OFF事情別バッグ」
「TAKAKOさんの「花ラブ」メイクBOOK」
「街の人気は「揺れ感」ヘア!」
「どうする!? 大人ニキビ」
「子供カジュアルとは差をつける」
正直、これらはもう業界用語を通り越して、独特の日本語体系ではないかと思う。もし近い将来、国内で若い女性と我々との間に戦争が起きたら、彼女らは普通にしゃべるだけで暗号になるので、我々は圧倒的に不利になるのではないかとさえ危惧してしまう。
あるいはすでにもう彼女らの侵略は始まっていて、これらの言葉も本当はファッション誌の見出しにカモフラージュされた内地の援軍への暗号通信なのかも知れない。そう考えると、「子供カジュアルとは差をつけろ」はいかにも秘密の命令のような気がしてくるので、一刻の油断もできない。何しろ、うかうかしているうちに「玲奈カジ」に背後をとられているかもしれないのだ。
そうなったら、もはや北斗百裂拳でも手遅れに違いない。

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殴られたりもしたけれど、私は元気です

7月 14th, 2005 — 12:30am

学校での体罰というのが全面的に禁止されて久しい。
今では些細な叱咤でも、「言葉の暴力」を盾に親が学校に乗り込んでくるらしいので、先生もさぞかしやりにくいのではないだろうか。何人か個人的に知っている中高校の先生がみんな揃って頭を抱えているので、きっと想像以上に深刻な状況なのだと思う。
何しろ「このバカタレ! 西川のスカートにハナクソつけたのおまえだろ! 天誅じゃ! 歯を食いしばれ!」なんてしかり方をした日には、即、朝日新聞の三面行きになってしまいかねない時代である。だから思うに、きっとしかる時でも、最近はこんな感じになるのではないだろうか。
「これから君をしかりますが、これは私の個人的な判断によるものではなく、校内の総意を代弁するものですから、クレーム等は私個人にではなく、この紙に書いてある相談窓口の方へ平日9時から5時までにご相談下さい。とりあえず不足の場合に備えて、以降五分間の会話を録音しますので、その旨承知する書類にサインと捺印を御願いします。尚、私の叱咤によって精神的なショック等を受け、心のケアが必要となった場合、学校指定の心療内科でカウンセリングを受けることが可能です。また、PTSDと診断された場合、最高で月額15万円までの保証金が支給される保険制度も全校生徒に適用されているので御安心下さい。さあ、それではしかりますよ。」
ぼくの子供時代はまだ体罰禁止の世論が高まる前で、先生のパンチを食らうのなんて毎日の日課みたいなものだった。何しろ体育の先生はサングラスをかけて、「精神」という文字が彫り込まれた竹刀を持って歩いていた時代だから(実話です、念のため)、パンチ一発で騒ぎになったりするはずもない。逆にぼくらの方はぼくらの方で、ねちねちしかられるよりも、パンチ一発食らう方がよっぽど簡単だと思っていたので、むしろ体罰大歓迎ぐらいの勢いだった。
一度昼休みに教室にUNOを持ち込んで、それで小銭を賭けて博打をしていた時など、先生にグーで顔面を殴られ、数センチ足が地面から離れるぐらい吹っ飛んだこともあった。耳から血が出て、脳震盪起こしているのに、先生が言ったのはただ一言「ちゃんと保健室行けよ」。今から考えると、本当にデタラメな話である。——でも、その頃の中学生男子はみんなバクテリア並みにバカだったので、あっさり次の日にはすべて忘れてしまっていた。今の高校生なら逆ギレのひとつもして、先生のメールアカウントに500ギガのウィルスメールを送ったり、先生の奇行を合成したコラージュ写真と共に怪文書をPTAにファックスしたりするのだろうけど、当時のぼくらにはそんな知恵もなかったので、家に帰ってひょうきん族を見ることですべてを忘れていた。
テニス部の顧問だった大柄な先生の得意技はチョップ。——しかも、ただのチョップではない。わざわざ脳天を指で探って、頭蓋骨の継ぎ目のところを見つけ、そこを広げるように垂直チョップを入れるのである。これをされると、たいした強さのチョップでもないのに、なんだか立っていられないほどの衝撃が脳に伝わる。先生によると、普通にチョップをすると、自分の手の方が痛いから編み出した技なのだそうだ。今なら間違いなく懲戒免職だと思う。
ほかにも背中をたたくふりをして、女子のブラのホックをはずすという伝説的な技を持つ数学の先生、激怒するとあごにジェットアッパーを打ち込む英語の先生、二言目には「内申書の点数落とすぞ」というのが口癖の音楽の先生、校則に違反している女子の髪を切るのが生き甲斐の教頭……などなど、当時は中学生の人権なんてくそくらえな先生のオンパレードであった。
しかも、これらの行為はもちろん親だって重々承知している。しかし、それでも大半の親の方針は「このバカをもっと殴ってやってください」なので、そんなことでは抑制力になるはずもない。むしろ親の方が先生より過激な場合も多かった。
例えばしょっちゅう悪事を働いて職員室に母親を呼ばれていたKくんなど、さんざん先生にびんたを食らったあと、やってきた母親に職員室で怒りのボディーブロー連打を食らい、屈み込んだところへ顔面への膝蹴りでとどめをさされ、「おまえなんかもう死ね!」という実に飾り気のない言葉で追い打ちをかけられていた。今の中学生男子だとこういう目に合うと、もう完全に大人への不信感でニートになったりするのだろうが、Kくんはそんな繊細な神経を1ミリも持ち合わせていない人だったので、学校帰りに母親に肉まんを買ってもらったことで、すべてを忘れ去っていた。
思えば、本当におおらかな時代である。
いっぱい殴られたり、たたかれたり、4の字固めを食らったりしたけど、振り返ってみても恨み一つ残ってないので不思議だ。先生に体育館の床にパイルドライバーでたたき落とされたことも、今となってはただただいい思い出である。
体罰がいいとはさすがに思わない。でも、中学生時代の自分を振り返ってみて思うのは、ペレストロイカがスパゲティの種類だと思っているような男子生徒に何かを仕込もうと思ったら、直接感覚に訴えるしかないような気がするのも本当だ。
何しろいくら言葉で説明してみても、自分のママチャリに「ビビルンガーZ改」という名前をつけているような15歳の生物には、届こうはずもないと思うので。

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証拠写真もあります

7月 8th, 2005 — 7:30pm

前回のワンパラに書いたような中学生男子の愚行を読んでも、「まあ、大げさに書いているのだろう」とか、「子供だからよね」と考えてしまう女性のために、男という生き物がどのくらい甚だしく頭が悪いのかを説明するために、ぼくが良く使う話というがある。
この話、たぶんずっと前にもワンパラで書いたことがあると思うのだが、世界の裏側のヨーロッパでは、毎年ドーバー海峡を巨大なパチンコで渡ろうと試みている男性たちが集まるイベントが開催されている。これは高さ数十メートルのYの字の形をした建造物に、巨大なゴムバンドをつけ、そこに全身を防護服やライフジャケットに身を包んだ男子が乗り込み、反対側の陸地めがけて力一杯はじきとばされるという主旨のものである。現在まで向こう岸ににたどり着けた人間は一人もなく、負傷者は数知れず、死ぬ者さえ出ている。しかし、一向にやめようとする人はいない。——もちろん、彼らは強制的にこれをやらされているわけではない。大喜びでやっているのである。
この話を聞いた典型的な女性の反応:「なんでー!?」
この話を聞いた典型的な男性の反応:「すげー!」
これが永遠に互いを理解できない男女間の深い溝の正体である。
この例を長年使わせて来てもらったのだが、つい先日、「男子馬鹿学」の権威であり、このジャンルでのぼくの師匠でもあるコラムニスト、デイブ・バリー氏がさらに適切な例を紹介してくれたので、今後はこっちの新しいバージョンを使っていこうと思う。
その例とはこういうものだ。
男子というのはなぜかアウトドアで炭を起こして、食べ物を焼くという行為に強い憧れを抱く動物である。それがたとえ580円でオリンピックの地下で買ってきた炭で、近所の公園の時間貸しのバーベキュー場でししゃもを焼くことであっても、なぜか野生の血が騒ぐのである。それはズバリ、「炭を起こす」という言葉の響きには、何か男性にしか分からない浪漫があるからだ。
ところが一度でもやってみたことがある人ならすぐに分かることだが、この「炭」という物質、実際にはちょっとやそっとのことでは燃えない。着火材を山のように積み上げて点火すると、しばらくの間、囂々と燃えさかるように見えるので、ほとんどの男性はそれで満足し、ビールを飲み始めてへべれけになった頃、着火剤が全部燃え尽きたあと、無傷で炭の山が残っていることに気がつくことになる。しかも、その頃にはバーベキュー場は閉園1時間前なので、ししゃもは家に帰ってオーブントースターで焼くのが通例だ。
これは男性としては大変屈辱的な経験である。このような形でプライドを傷つけられた男は炭を起こすことに対して異常な執着心を憶える。しかも、ただ起こすのではない。誰よりも早く、一秒でも早く、炭を起こせるようになりたくなるのだ。
おそらくアメリカの大学のエンジニアであるゴーブルさんもそういう一人だったのだろう。彼は学部恒例の毎年のバーベキューの席で炭が点火するのに時間がかかりすぎることに苛立ち、エンジニア仲間とこの件について激しく議論したという。その結果、なんとか炭を起こす時間を短縮しようと、まずは着火時にドライアーで風を送ることを思いついた。これが若干効果があったので、それならもっと効果的なのではないかと電気掃除機を用意したらしい。
この時点で女性であるみなさまはすでにかなり顔をしかめていると思うが、これは男性が「こうなったらやるしかないだろう」モードに突入する際のきっかけに過ぎない。常識ある女性のみなさまなら、この時点で十分納得し、普通に食べ物を焼き始めるはずである。しかし、ゴーブルさんたちは男性である。我々男子がここで考えることはただひとつである。
火炎放射器。
最初はプロパンガスの火炎放射器を使っていたゴーグルさんたちだったが、翌年にはそのためだけに導入したアセチレンガス式の火炎放射器を用いるに至った。この時、彼らは通常の何十倍もの炎症力のある圧縮酸素を使うことも思いついた。結果、この組み合わせはあらゆる炭を数分で点火できるという恐ろしい成果を挙げた。
これがこの話のオチだと考えているあなたは女性である。
我々男子にとって、「数分」というのは「数秒」を目指すための通過地点に過ぎない。もはや食べ物のことなど誰も考えていない。男子がこの時点で考えていることはただひとつ:「歴史上一番早く炭を点火させた名誉ある男」になることである。
翌年、ゴーグルさんはどこかから、液体酸素を手に入れてきた。
液体酸素が何か良く分からない人のために補足しておくと、液体酸素とはロケットエンジンに使用される燃料のことである。零下265度で保存し、通常の酸素の600倍の濃度のものである。おそらく気がついていると思うが、そこらのスーパーで簡単に買えるものでは断じてない。当然極めて危険な物質なので、ゴーグルさんは数十メートルある柄がついたバケツで、火のついたマッチが挟まれている大量の炭の山にこの液体酸素数リットルを流しかけた。
証言に寄れば、火が液体酸素と接触した瞬間、小型の太陽に似た、中心温度が最大1万度に達する火の玉が出現したという。炭はわずか三秒で最大加熱状態へ達した。
些細な問題として、上にあった金属製のグリルが跡形もなく消し飛んでしまったことと、一歩間違えるとゴーグルさんの町も地図上から消えたかもしれないことを除けば、この偉業は間違いなく炭着火の世界記録のはずである。
この話を聞いた典型的な女性の反応:「何か精神疾患のある人だったの!?」
この話を聞いた典型的な男性の反応:「じゃあ、まだ誰も核融合は試してないわけだね。」
どうしても信じられないという女性の方は、このサイトに残っている証拠写真をごらんください。

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修学旅行(など)で起きた、女の子がどうしても信じてくれない本当にあった出来事ベスト10

7月 7th, 2005 — 12:11am

第10位 洗面所のタオルがけにはき終わったブリーフを干したやつがいたため、朝、それで顔をごしごし拭いてしまった。
第9位 観光地のひとつでひそかに日本酒を買い込み、夜中に酒盛りをしながら花札で博打をやっていたら担任の抜き打ち検査に遭い、日本酒は「三ツ矢サイダー」で、花札は「UNO」の一種だと言い張った。
第8位 持って行った小遣いのうち、80%以上を最初の晩のホテルのロビーにあった、怪しい戦車のゲームで使い切った。
第7位 星の砂が詰められた瓶を買った直後、本当に砂なのかどうか友達と口論となり、瓶を粉々に割って確かめたら確かに砂だった。
第6位 夜中に女子の部屋へ忍び込もうとした男子生徒が次々と捕まり、廊下に正座させられたため、午前二時過ぎには部屋に残っている男子よりも、廊下に座っている男子の方が多くなった。
第5位 修学旅行の夜、なんとかしてひと目だけでも下の階の女子が着替えているところを見たいという友達が、六階のベランダから命綱なしに逆さまにぶらさがり、10分以上その体勢で粘ったが、カーテンが閉まっていたために無駄骨に終わった。
第4位 あとで詳細な説明を聞かせてもらえることを交換条件に、あっさりとそいつを止めるのをやめ、部屋の男子全員で彼の足を支え続けた。当時の友達があれほど団結したのは後にも先にも初めてのことだった。
第3位 その時に先生にちくったまじめな男子を逆恨みし、友達は彼のカメラを勝手に持ち出して、朝一番の自分の排泄物を24枚撮りフィルム一本分、あらゆる角度から撮影したあと、カメラをこっそりカバンに返しておいた。
第2位  知らずにそのフィルムを現像に出した彼は、恐ろしいものをカメラ屋で受け取り、次の日、八つ墓村のような姿で学校へ現れ、危うく友達を殺しそうになった。
第1位 この一連の出来事が実は学生時代の一番いい思い出だったりする。

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