Archive for 5月 2004


赤くなる話

5月 27th, 2004 — 4:21am

職業病として申請しても、たぶん労災は降りないとは思うのですが、仕事として文章を書くようになってからずっと患っている症状があります。
「赤ペン恐怖症」。
とにかく赤ペンで書かれた文字を見ると、「校正される!」と 思ってしまう恐ろしい病気です。 こんな仕事をしていてなんですが、ぼくは正直、あまり文章がうまくありません。それどころか、初稿をうっかり人に見られてしまうと、「これ、子供の時に書いた原稿?」と言われてしまうぐらい下手です。
仕方がないので、何度も何度も書き直して、そ れをねこぞうに再度校正してもらって、やっと毎回なんとか読める状態にしているのですが、このねこぞうの校正というのが凄まじくて、誰かが上で吐血したのかと思うほど真っ赤になって原稿が返ってきます。それを元にまた書き直して、今度こそ……と思うと、またねこぞうが真っ赤にして戻してきます。泣く泣くそれをまた書き直して、今度は出版社の方へ回すと、編集者からもやっぱり赤ペンで問題点が書かれて戻ってきます。そんなことを繰り返しているうちに、すっかり赤い文字を見るとびくっとなる体質になってしまいました。
最近は宅急便を受け取る時にはんこを押すと、なんだか自分の名前が校正されているような気分になるので、朱肉も青いものにしようかと本気で迷っているぐらいです。
実はこのワンパラだけは校正されていないので、どこか間違ってないか、心配で仕方がありません。たぶん大丈夫だと思うのですが……。
たぶん……。

× どこか間違ってない ○ どこか間違っていない

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山とか谷とか

5月 8th, 2004 — 4:20am

なぜか、子供の時からことわざに妙に興味があって、いろんなことわざの意味を良く考えた。で、ずっと今日までひっかかってきたことわざがひとつあって、それが「人生、山あり谷あり」ってやつである。
最初に知ったことわざのひとつでもあるのだけど、もしかしたらこの言葉を知ったときにはまだ「ことわざ」という概念そのものもよく分かっていなかったかもしれない。とにかく父親の説明で、「人生にはいいこともあれば悪いこともある」っていう意味だということだけは何となく分かって、なんかすごく賢い感じがしたので、ぼくは何かある度に「人生山あり谷ありだよ」と悟りきったことをつぶやいているいやな小学生になった。
ところが小学校も高学年になってくると、ちょっと知恵がついてきて、おまけに少し反抗期にも入りかけていたのか、なんでも鵜呑みにはしなくなった。大人の言うことはなんでも一回疑うのが基本になった。そんなある時、遠足で近所の大きな山に登らされることになって、学年一同ぶーぶー言いながらハイキングしていた時、あんまり山道がきついのでふと思った。
「山と谷っていったいどっちがいいんだ?」
登りよりは確かに降りる方がずっと楽だ。だから、山道を登りながら考えると、なんだか山の方が悪いことのように思える。でも、山の頂上について、いざお弁当を広げて食べ始めると、やっぱりイメージとしては絶対山の方が谷よりはいい気がした。で、しばらく考えたのだがどうにも結論が出ず、とりあえず保留にしておくことにして、おやつのカプリコをむさぼり食った。
さらに数年が過ぎて中学生になると、精神もだいぶやさぐれてきて、なんか斜に構えたくなってくる年頃だったので、ある時ふと思いついた。
山も谷もどっちも悪いんじゃないか?
いい方なんてないんじゃないか?
けっきょく人生はいいことなんか何もないってことを言いたいんじゃないのか?
ちょうどふられた直後だったこともあって、なんかそれがとてもしっくりきて、ひとしきり国語の先生ともめたりしたあと、勝手に正解だと決めつけた。なんだかちょっとすれた考え方がすっかり気に入り、しばらく座右の銘として採用したりもしたが、けっきょくスーパーファミコンを買ってもらったのを機に、人生もそんなに悪いものでもないなと、すっかり忘れてしまった。
さらに年月が経ち、大学生になると、ことわざの授業を受ける機会があって、久しぶりにこのことを思い出した。で、あれからずいぶん増えた人生経験を元に、今度こそ山と谷、どっちがいい方なのか、結論を出そうと古語辞典まで調べてみたが、けっきょくかくたる結論には至らなかった。まあ、ことわざなんて所詮そんなものなのだろう、と肩をすくめた記憶がある。
そして、当年とって三十三歳になった今、ふとこのことわざの本当の意味に気がついた。 ――もしかしたら、わざとどっちにでもとれるようにしてあるんじゃないだろうか?山と谷という曖昧なたとえになっているのは、わざとなんじゃないだろうか? その曖昧さこそが人生の本質だと言いたいのではないだろうか。
つまり、確かに人生はいいことも悪いこともあるけど、でも、それはあくまで本人の見方の問題で、山がいいものに見えることもあれば、悪いものに見えることもある。降りていった谷だって、戻ってくるときには山になる。けっきょく、すべては解釈次第でいいことにも悪いことにもなる、ということが言いたいのではないだろうか。
足を机の上にのっけて、パソコンに向かってそんなことを打ちながら、最初にこの言葉を聞いた時から途方もない時間が経っているのを、束の間、強く感じた。

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恐怖のブラウニー

5月 4th, 2004 — 4:19am

「ビッグ・ファット・キャット」シリーズを始めて以来、主人公 がパイ職人という設定もあり、よくアメリカのお菓子を調べた り、作ったり、食べたりする機会ができました。その中でひとつ 恐ろしいお菓子を紹介しましょう。


アメリカには「ブラウニー」っていうお菓子があって、これは チョコレートのケーキのようなものなのですが、日本で売ってい る生チョコのケーキなどを想像していたら、一口食べただけでも 精神的な食あたりを起こします。 アメリカのブラウニーは何が恐ろしいかというと、そもそも原 材料が板チョコと砂糖です。無糖の料理用のチョコじゃありませ ん。普通の板チョコです。アメリカ人には板チョコの甘みが足り ないと感じて、砂糖を加えようとする人間が実際にいるんです。 しかも、そのお菓子が定着しています。 実家の友達にこのブラウニーを食べさせたことがあるのです が、彼は一口食べるなり、口に手を当てて「うぷっ」という何か が潰れたような声をあげ、そのまま青くなって固まってしまいま した。辛い物や苦い物なら分かりますが、甘いものです。甘い物 でこの反応を起こす食べ物というのは半端なものではありませ ん。


余談になりますが、ぼくの直接の知り合いに、「コーラは薄味 だから」と言って、喫茶店でガムシロップをもらい、コーラに入 れて飲んでいるアメリカ人を知っています。彼に「いくらなんで もそれって体に悪いんじゃないか?」と聞いたら、彼は得意満面 な顔でこう答えてくれました。 「だから、ちゃんとダイエットコークにしてるよ。」


とにかく話の種にでも、一度ブラウニーを食べてみたいという 方にはひとたつだけ忠告を。 国内で売っているブラウニーは多くの場合、日本人の味覚に向 けてアレンジされた偽物です。見つけたブラウニーが本物かどう かを見極める方法は簡単なので憶えておいてください。食べて三 十分以内に以下の三つの症状のいずれか、もしくは全部が現れた 場合、本物だと考えても無難でしょう。


1、糖尿病になった 2、三本以上歯が溶けた(二本しか溶けなかった場合は砂糖分が 足りません。)3、死亡した

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