Archive for 12月 2003


多忙の正体

12月 25th, 2003 — 3:55am

なんか、昔に比べて忙しい……なのに 、ぜんぜん充実感がない。そんなように感じている人はきっとぼくだけではないと思う。こと同世代の三十台の人なら、ちょうど平成に入った頃からなんとなく毎日がめまぐるしく過ぎていくようになって、最近では生きている感覚そのものが乏しくなっている人も多いのではないだろうか。
原因は何だろう。
今、見ているこのインターナットというもの――これと携帯電話……いわゆる「ネットワーク」というやつが諸悪の原因なのは間違いないと思う。昔なら仕事が終わっても夕方ならもう書類を届ける方法なんてなかったわけだから、気楽に明日まで待てばよかった。その間は言い訳が立つので、気楽に家に帰って横溝正史の「悪霊島」か何かをテレビで見ながら、ビールの一杯も飲んでてよかった。
アナログ・ローテクの時代だと、人間の能力に社会のネットワークがついていけなかったので、そこに生まれる誤差が「休み時間」――もしくは「心の余裕」になっていた。その時には逆に「もっと早い方法があれば」「もどかしい」と思っていたのだろうが、結果的に「世界の動く時間」よりも一歩先を行っている気になれたので、それが自信になり、充実感も生んでいたのだろう。
ところが携帯電話とネットメールがある今、家に帰ってテレビをのんびり見ていたら怠け者になってしまう。「なんでメールで書類を送らなかったのだ!」とどなられる。そして、もしメールを送ったら、その書類が添削されて一時間ぐらいで送り返されてくるので、その晩のうちにもう一仕事増えてしまう。手書きと郵送の時代なら少しぐらいのずれは「仕方ない」で片づけられていたが、パソコンとメールの時代になった今、1ミリの誤差でもクリックひとつで直せるものは、直さないと「怠慢」となってしまう。
かくして、「悪霊島」を見る時間はどこかへ消えた。そして、より大事なその「悪霊島」を見ながら「今はもう夜でどうにもならないから、休んでてもしょうがないよな」という精神状態も消えてしまった。
思えば、昔はビデオを一台買うのも大イベントだった。特にビデオが普及し始めた当時中学生だったぼくは、それこそ最初のビデオデッキは巻き戻し音でテープがどの位置にあるのか判別できるほど、徹底的に使い込んだ。知らない機能なんて何もなかった。今でも型番が言えるほど愛していた。
しかし、今のビデオデッキはその時のものの100倍はいろんな機能が搭載されているが、ぼくにできるのはせいぜい録画、再生とイジェクトぐらいだ。説明書は開いてもいない。買った時以来デッキに「giga search」といううたい文句のシールが貼ってあるが、それが何かさえ分からない。自分のビデオに搭載されているものなのか、宣伝なのか、それさえも分からない。そして、使いこなしていないことに若干の良心の呵責もひそかに感じている。
ビデオだけではない。DVDも、パソコンも、パソコンに入っている無数のソフトも、それどころかコタツや炊飯器にも無数に機能がついているが、どれひとつとして完全にマスターできていない。いつか勉強しようと思っているうちに何年もが過ぎ、そのうち壊れてしまって買い替えることになり、買い替えた機械がまた前の奴の250倍ぐらい機能がついていたりするので永久に追いつかない。
そうこうしているうちに、いつの間にか自分の家がまったく把握できていない場所になっている。10%ぐらいしか理解していない機械に囲まれ、10%ぐらいしか特典を利用していない会員証が詰まった財布を持ち(もちろん財布に搭載されているマイナスイオン発生ポケットが何かは分からない)、10%しか把握していない携帯電話で10%ぐらいしか本心が伝わらない会話を交わす。
自分がやりたいことを100としたなら、かつてぼくらは技術の限界でその50%しか満たせないことにフラストレーションを感じ、それを100%できる世界を作ればどれくらいすばらしいだろうかと考えた。で、この現在という世界を築いた。しかし、けっきょくはやりすぎたようで、いつしか自分たちの限界を10倍も上回る速度で動く世界を作ってしまっていた。結果、世界に追い越され、ぼくらはその10%も把握できないまま生き続けている。
こうなる前、日本の反対側の端にいる友達とは連絡が簡単にはつかなかった。だから、その友達がどうしているのか心配しなくてもよかった。
夜はすべてのサービスが止まっているので、家で仕事を休んで寝ていても怒られる心配はなかった。
東京から福岡に移動するのは一日仕事だったので、その日は移動だけですませても当然だった。
手紙には返事を一週間以内ぐらいに出せば十分だった。
本が手に入らなかったら何年でも探し続けた。
家の電話なら出なくても留守だと解釈してもらえた。

人間はもともと100km離れたところにいる人とリアルタイムで話すことを想定されて作られてはいない。機能が250もついた機械を一部屋にいくつも置いて管理するようにはできていない。重さ150gの機械で電話、カメラ、メモ帳、辞書、電卓、時計、ゲーム機まで使い分けるようにはできていない。
場合によっては目の前にいる人間を好きかどうかも決められないのが人間だ。そろそろ機械のことは機械に任せて、ぼくらは「悪霊島」の再放送でも観てはどうだろう。
( いや、スカイパーフェクTVをコクーンで録画して、それをLAN経由で観るんじゃなくて。普通に再放送があるまで待ちましょう。何年でも。)

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妹の結婚式

12月 20th, 2003 — 3:53am

妹が今年、結婚した。
これで五歳下(季節によっては六歳下)の妹に大学入学、卒業、就職に続いて、結婚でも先を越されたことになる。そろそろ兄というのが恥ずかしくなってきたので、来年ぐらいからは弟になろうかと思っている。それが法律的に許されないなら、今度から続柄の欄には「もと兄」と書くことにする。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが、先月妹の結婚式に出席していろいろなことを考えさせられた。横浜の港が見える丘公園の近くの、もうこれでもかというぐらい結婚式をあげるにふさわしい教会での式だったのだが、どのくらいふさわしいかというと、近隣一円の全商業施設が連動して一律結婚事業なしでは生きていけないように結託しているぐらいふさわしいところだ。
日本だとはとても思えない異国情緒あふれるところで、妹と新郎のゆんぼは実に幸せそうな式を挙げた。(途中、気温9℃ぐらいしかない寒風吹きすさぶ中、肩むき出しの花嫁衣装でオープンカーに強制的に乗せられて、けげんな表情で町行く人々に見られながら式場をあとにした時以外は、少なくても幸せそうだった。)この結婚式、ホテルなどでよく見かけるゴンドラ、ケーキカット、スモーク、シャンパン、二人の顔入りの絵皿に代表されるような豪華絢爛な式というわけではなかったのだが、本当によく計画されたいい式だった(コート二枚着ていても寒い気温でのオープンカー以外。くどいけど。)。パンフレット、招待状から式場への地図まで、すべて新郎新婦の文字通りの手作りで、迷いに迷った末の引き出物も、ウルトラ凝ったポップアップの絵本というひねり付きだった。
正直、商業出版なんぞ生業にしていることもあり、何もかもを手作りで――しかも、プリンタは使うものの、大部分の作業をアナログで――やることには少し不安を感じていた。どうしても少し寂しい感じになるのではないかと考えてしまったのだ。妹も旦那さんのゆんぼも器用で賢い二人ではあるが、格別デザインの知識があるわけでもないので、ちぐはぐなものになりはしないかと余計な心配をしていたのだ。
結果から先に言うと、妹の方が圧倒的に正しかった。開けると小さな教会の絵がしっかりポップアップで立ち上がる、シンプルでかわいい招待状を妹はゆんぼと協力して人数分作っていた。はさみとカッターと定規だけで作ったのだろうから、おそらく相当な手間と時間がかかったはずだが、そのおかげで、一目見てどれくらい心を込めて行われる式か、一瞬で分かる招待状になっていた。皮肉なことに式の間に配られたものの中でもっともみそぼらしいのは、唯一商業印刷で刷られた教会側が用意したプログラムだった。
式のほかの部分もほとんどが手作りで、全然要領を得ないところなどもあったが、それ全部を含めて、思い出に残る立派な式だった。けっきょく終わってみて帰り道、スタジオへ戻る車を運転しながら、ぼくはなんだかとても難しいことをとても簡単に解決する方法をこの式から学んだ気がしてならなかった。正直、それがどういうことかはまだよく分からないのだけど、少なくてもものすごい機材とものすごい予算は、時として問題を大きくするだけで、必ずしも解決へ向かわせるわけではないことを痛感させられた。
子供の時から教えることよりも教えられることの多い兄妹関係だったが、今回もけっきょくまた教えられてしまった。しっかり「向山の2003年に学んだことノート」につけておこうと思う。
一、本当に「いいもの」とは、時として技術や予算や完成度とまったく関係ないところにある。
一、結婚式でロールスロイスのオープンカーに乗るのだけはやめよう。たとえそれが強制的なオプションとして無料でついてきても。
一、もしどうしても乗せられるなら、花嫁衣装には南極越冬隊の標準装備を採用しよう。
2003年、冬。
妹の結婚式に参加して、そんなことを思った弟(もと兄)だった。
ちゃーらん、結婚おめでとう。PS
「新興開発住宅地(妹がそこに移り住むために新しく郵便番号ができたようなところ)」に新居をかまえた妹の毎日だけが少し心配である。写真を見せてもらったが、写真の風景だけから判断するに、不動産屋も宣伝にずいぶん困ったと思う。「ああ、この物件ですか。いい物件ですよ。駅から十分。(ジェット機で。)自然が豊かで(時折熊に襲われる)、となりとも離れていますから(天体望遠鏡の倍率最大でおぼろげにとなりの家の屋根の一部が見える)テレビの音が気になりませんよ(たぶん核戦争の音も気にならない。)それにこれからの場所ですからね、将来が楽しみですよ(次の氷河期のあととか)。きっと近々発展しますよ(上水道が開通する。下水道は2010年ごろを予定)。絶対お奨めの物件です!(空襲警報発令時の集団疎開などに)」

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