Archive for 6月 2000


「スタジオの過去」シリーズ3

6月 16th, 2000 — 2:01am

今までやってきた翻訳の仕事でも「キング・オブ・奇妙」だとやはりこれに尽きるというのが『引き出物(マガジンハウス刊)』という写真集の英語の説明文を書く仕事でした。専門科の先生から日本語で書いた説明文と写真をもらったのですが、内容は極めて伝統的な日本の民芸品工芸品ばかりで、日本人でも見たことのないもののオンパレード。英文に翻訳しないといけないというのに日本語の時点でもうぜんぜん意味が分からない。「極楽五色米」とか「京友禅」を訳そうにもそんなものは最強の和英辞典でも載っていない。ひどいものになると写真を見てもそれがいったい何に用いられるのかさえ見当がつかなかったりする。(用途:「魔除け」とか平気で書いてある。「用途」なのか、それって!?)けっきょく様々な人の知識に助けてもらいながらなんとか仕事は終えたのですが、完成したものに間違いはないと思うものの、それを読んだ人に果たしてどの程度意味が伝わっているかには甚だ自信がありません。「茶の美しさをその曲線で表現した米のケーキ」が何を指しているのか分かりますか?

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「スタジオの過去」シリーズ2

6月 15th, 2000 — 1:57am

厳密に言えばスタジオが正式にできる前なので、スタジオの仕事とはいえないのかもしれませんが、今のスタジオのメンバーでアメコミのX-MENの翻訳をやっていました。書店に自分の名前が載った本が出たのはそれが初めてだったので、けっこう思い出深い仕事です。当時はまだパソコンがなかったのでワープロで打ちだしたフキダシをひとつひとつ切り貼りで原稿を作っていました。あの時代から比べると周りの製作環境は飛躍的に伸びましたが、不思議とああいうめんどくさい作業をしていた頃の方が楽しかったように思います。これからの子供はきっとなんでもパソコンとプリンタで作って、商業印刷並みの工作に慣れ親しんでしまうのでしょうが、ハサミとのり、ガリ版とマーカーペンシルで作る喜びも忘れられないようにしていかないとな、と思っています。

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「スタジオの過去」シリーズ1

6月 14th, 2000 — 1:55am

今でこそスタジオでもけっこうまともな仕事を引き受けているが、はじめたころは相当とんでもないことを(しかも好んで)やっていた。その代表的な仕事のひとつが「ジャガー」というアタリのゲーム機の説明書の翻訳だった。実に思い出深い仕事である。何しろこのジャガーというゲーム機、おもちゃのくせして日本での販売台数がスーパーコンピューターよりも少ない。特に人間工学くそくらえのデザインにしびれてしまうコントローラーと、クリアが人間レベルでは到底不可能なバランスのゲームソフトが有無を言わせなかった。正気ではとても思い付かない設定が説明書に平気で書いてあるので、訳している最中に何度も自分で自分の訳したものに笑ってしまうことがあった。ちなみに同じ会社から出ていたハンドヘルド機はLYNXという名前で、プレイステーションぐらいの重量と大きさに乾電池六本を詰めて持ち歩けという傍若無人な販売戦略であたりまえのように大衆から無視されていた。どちらもうちのスタジオの倉庫に今も眠っている。おそらく金輪際目覚めることもないだろう。

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