Archive for 12月 1999


年越しチャットリプレー

12月 31st, 1999 — 1:09am

年越しチャット、おかげさまで大盛況のうちに終わることができました。
来てくれたみなさん、本当にありがとう!
遠く離れた場所の見も知らぬ人たちのはずなのに、昔からの友達と話しているような気分で新年を迎えることができました。たぶん長い間、思い出に残る新年の、そして、新ミレニアムの幕開けでした。
その日、惜しくも参加できなかったみなさんへチャットの内容をほんの少しだけ下にまとめておきました。

  • しいさんが冬コミで「童話本」を出していたことが判明。
  • 童話本を出すならどのキャラの本がよいかという話がルージャン、フィツ、ヴォーなどを経て、なぜかサンプに落ち着く。 さらにサンプ×イアンハンタ本も。
  • さらにサンプ「痩せている」説と「太っている」説が飛び出して議論に。
  • セブン、みかんを食う。
  • 向山家のみなさん、次々に登場。
  • オフ会開催の話が出る。
  • 紅白の勝者とモーニング娘。で盛り上がる。
  • 疑似カウントダウンのあと、年が明ける。年明けと同時にケイタイやPHSがつながらないことが判明。二千年問題かと大騒ぎになる。が、すぐにつながる。
  • アルバイトの話。向山がホモ店長の危ない古本屋でバイトをしていたことが判明。一気にホモ話に。
  • ねこぞう男説、浮上。疑惑深まる。
  • 彩さん、発狂。(それほど珍しいことではない)
  • 女子高生の服装やファッションについての激しい論議。向山、思わず取り残される。
  • 宮さん、最後の最後になって登場。サンプが「やせている」と断言して去る。
  • 挨拶を済ませて終了時間と共に次々に参加者が落ちていく。
  • なぜか二人きりで残るねこぞうと彩が睡眠薬の即効性について議論する。
  • ずいぶん経ってから誰もいなくなったチャット板に夢宇さんが現れて、寂しそうに帰っていく。

あまり楽しかったので今年もやる予定です!

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800/赤色103号の逆襲

12月 29th, 1999 — 3:57pm

日本人の子供は体が弱くなったと言われている。インスタントラーメンが悪いとか、ファーストフードが悪いとか、外で遊ばないのが悪いとか、諸説あるが、ぼくはその原因ははっきりしていると思う。駄菓子屋がなくなったためである。
ここで、昭和五十年代半ば以降に生まれた方のために解説しておくと、駄菓子屋というのは人工着色料と人工甘味料を主原料とした不気味な化学合成物を食用と称して子供にだまし売っている小さな店のことである。店員は必ず百年以上生きているばばあでなければならない。これは駄菓子屋を始めるために店を購入すると、標準でばばあがついてくるからである。初心者におすすめのAセットでは昭和初期に作られた廃屋一件と、六十種類の同じ味のお菓子と、三十二種類のすぐ壊れるおもちゃに、ばばあがついてくる。上級者向けのBセットではクリーニング屋か自転車屋を併設した廃屋一件と、七十二種類の同じ味のお菓子と、四十種類の壊れやすい、あるいはすでに壊れているおもちゃ、そしてばばあがついてくる。
これらの駄菓子屋で売っている商品にはどれも平均で致死量の約三倍に相当するサッカリンと、最低でも六種類の人工着色料が含まれている。サービスのいい会社だと緑色のお菓子を作るのに緑色の着色料を使わず、わざわざ黄色と青の着色料を二種類入れていたりする。どのくらい有害な物質が入っているかというと、これらのお菓子を実験用のラットに食べさせようとしたところ、食べる前に臭いで死んでしまったという報告があるほどだ。

代表的な駄菓子の例:

さくらんぼ餅: 同名の果物とはなんの関係もない、おそらく亀の餌と製造元が同じであると思われる粒状のソフトキャンディー。姉妹品に着色料を換えただけのグレープ餅やコーラ餅もある。

10円ヨーグルト: シェービングフォームを甘くしたようなもの。入っている容器の蓋の内側にあたりくじがついていて、あたりが出るともうひとつもらえる。ぼくらはばばあが見ていない間に容器の蓋を片っ端からめくって当たりを探したが、ばばあの方が一枚上手で、当たりを初めから全部抜いていたので無駄だった。

アイスクリームガム: 大きな箱の側面についたボタンを押すと、ボール状のガムが出てくる。このガムの色によって、30円、50円、100円などのアイスがもらえる仕組み。100円の赤玉が他の色より重いので、よく振ってからボタンを押すとよく出るというまことしやかな噂が流れ、各地でガムの箱を振る輩が増えたが、ばばあがやはり赤玉をすべて抜いていたのでどのみち意味はなかった。

そんな駄菓子を毎日のように食べて育った子供は半端なことでは体を壊さない。何しろ日常的に大量の化学合成物を処理しているのだから農薬を飲んだぐらいではげっぷも出ない。おまけに冬場には研磨剤のような固さになったきな粉飴を平気でかじっているのだから歯も丈夫だ。産業廃棄物のような味のするベビーコーラで定期的に胃の洗浄も行っている。――ところが、今の子供は親の過保護のせいで低農薬の野菜や無添加のラーメンなどを食べさせられているので、鼻をかんだだけでも複雑骨折してしまう。
今からでも遅くない。小さな子供のいる親は早急に近隣の生き残っている駄菓子屋を見つけて、一刻も早く子供の体を駄菓子で鍛えよう。急がなければ手遅れになってしまうかもしれない。
ただ、駄菓子屋を見つけるのは初心者には極めて困難な仕事だ。何しろほとんどすべての食品衛生法にひっかかっているので、当局に見つからないように、たいていは店先を普通の家同様にカモフラージュしているのである。看板を出しているところさえめったにない。それどころか店の名前がないところも多いので、子供の会話の中に隠されている名称を頼りに見つける必要がある。「今日。上井に行こうぜ。」――こう子供が行った場合、「上井」が駄菓子屋である可能性が高い。「上井商店」「パンの上井」などが原型なのだが、子供はそれがばばあの名前だと思っていることが多い。(ばばあの名前は実際には村岡トミである。あとはこれに製造された年式がついて正式名称となる。例:村岡トミ・76年モデル)
不幸にもこういった会話をしている子供が周辺にいない場合は自力で駄菓子屋を識別するしかない。手がかりとなるのはまったくたばこの入っていないショーケースをおいているたばこ屋を探すことである。脇に引き戸があった場合、駄菓子屋である可能性が高い。さらに引き戸の近くにガチャガチャが二台以上設置されている場合、ほほ間違いないと思っていい。おそらく看板も何もないはずだが、思い切って引き戸を開けて勝手に中へ入ろう。中が土間になっていたら正解である。万が一普通の玄関だった場合は、手近にある一番金目のものを手にとって、急いでその場を離れよう。
めでたく駄菓子屋を見つけることができた方に最後に重大な注意を。駄菓子にも賞味期限は記載されているが、これはシャレで書いているだけで、本来食品など使用されていないのでくさるはずもなく、次の氷河期ぐらいまでは平気で持つので、気にせずに買って欲しい。――少なくても村岡トミはそんなものは気にもしていないはずだ。

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駅弁の逆襲

12月 28th, 1999 — 1:07am

一路、下関へ!
本日、向山は帰省中ののぞみ号の中でこれを書いています。現在昼の一時過ぎ。もうすぐ名古屋というところです。いったいこうして帰省するのもこれで何回目だろうか。――毎回の帰省の楽しみはなんといっても駅弁。チープな味の大好きなぼくにとって、あの安っぽい弁当の味こそ究極のグルメである。冷えてくっついてひとかたまりになったご飯に、ロウ細工のような焼き魚。原価1円の煮物。なぜか必ずついている煮豆。じぶ煮のたれに使ったみかん。そして、得体の知れない謎の肉。買うとき以外はひたすら後悔しながら食べる日本の風物詩が駅弁というやつである。ところが、あろうことか、工夫とは無縁だったはずの駅弁業界が不況のせいか、最近にわかに努力を覚えてきている。うまい駅弁など駅弁ではない!たかが不況ごときであの不滅のまずさを変えるなんて、あの馬の餌のような弁当を千円で買わせようとしていた昔の根性はどこいった、駅弁業界!

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スタジオ式クリスマス

12月 25th, 1999 — 1:06am

1999/12/25 【スタジオ式クリスマス】
本日、スタジオのクリスマスパーティーと年末恒例になったプレゼント交換。なんかそういうとすごくおしゃれっぽいけど、実際にはほとんど家族の夕食。もう長い付き合いなのでひどく緊張感がない。一人、一品ずつ食べ物を持ち寄っての夕食だったのだが、普通ならローストチキンとかなのだろうが、うちのクリスマスのメニューは五目炊き込みご飯と唐揚げと白菜のスープというまるで山田さんの金曜日の食卓のような献立でとっても家庭的。でも、まあ、いいクリスマスでした。ちなみにプレゼント交換では立派に包装されたプレゼントに混ざって、ひとつだけスーパーのビニール袋に突っ込まれていたババがしっかりぼくのところへ来てしまいました。

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1999年聖夜

12月 24th, 1999 — 1:04am

今日はクリスマスイヴ。日本では全国ホテル教会のもっとも喜ぶ日だけど、多くの外国では今頃家族みんなが食卓を囲んで、お母さんの作ったごちそうを食べながら一年を振り返っているところ。
でも、中には今日がクリスマスではなく、ただ単に辛いいつもと変わらない一日である子供たちも世界にはたくさんいる。おもちゃよりも食事をサンタに頼むような子供たち――もし本当にサンタがいるなら、どうか誰よりも彼らの元へ訪れますように。
あなたとあなたの大切な人たちが温かい場所で今夜を楽しく過ごしていることを心から祈っています。
メリークリスマス!

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ところでチロリアンって何?

12月 23rd, 1999 — 1:03am

先日チロル製菓に「あたりまっせ」というチョコ、まだ作ってますか?という、半ばいやがらせのような質問のメールを送ったところ、販売を終了した年まで記した丁寧な回答がメールで返ってきた。――感服いたしました。さすがは日本の企業。これがアメリカならメールが着いたとたんにフィルター処理されて自動的にゴミ箱行きになっているか、でなければ、きっとメールの内容如何にかかわらず、自動的に次のようなメールが返信されていたはずだ。
「当社はお客様のご意見を真摯に受け止め、今後よりいっそう努力していきたいと考えております」
もちろんメールの内容が「おたくの社長を預かっている。すぐに十億円用意しないと社長を故社長にするぞ」であっても、結果は一緒だと思う。

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ロッテリア、風前の灯か

12月 22nd, 1999 — 1:02am

全国的なものなのか、ぼくの住んでいる地域だけのことなのか、そのへんがはっきりしないのだが、最近やたらとマクドナルドの新店舗ができている。この二ヶ月間でぼくの行動範囲内(数十キロ)になんと7件も開店しているのだから驚きだ。しかも、すべてがドライブスルーを兼ね備えた大型店舗。この不況の御時世によほど調子がいいのか、何かの経済的戦略なのか、やはり当局の陰謀なのか、ついにぼくの家から歩いて五分のところに一件できてしまった。最近健康な生活を送ることに目覚めたぼくへの挑戦として、これを受け取っている。

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モーニング向山。

12月 21st, 1999 — 12:58am

生活が朝型になって分かったこと:

  • 朝は吉野屋などの牛丼屋でも特別メニューをやっている。
  • ほとんどのファミレスでは十時まで朝食用の別メニューを使っている。
  • ただし、ロイヤルホストだけは十一時。
  • 「どーなってるの」のメンバーが替わっていた。
  • 「開け!ポンキッキ」の「開け!」がとれて、複数形になっていた。
  • 朝はすごく寒い。
  • 実は大半の人が朝、ちゃんと起きている。

はい。人生を反省していますです。はい。

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今世紀最高の終焉

12月 17th, 1999 — 12:56am

『ピーナツ』が終了する。
ぼくにとって今世紀でもっともショッキングなニュースのひとつだった。日本では「スヌーピー」という名前のマンガだと勘違いされているチャーリー・ブラウンなどのキャラが出てくる新聞連載のあの三コママンガである。想像を絶することに、この50年間、一日も休まずに世界中数十カ国で掲載されている怪物コミックである。もはや一国の新聞マンガだとさえ言えない、今世紀を代表する惑星的な文化遺産だ。スヌーピーの絵がついたグッズを何ひとつ持たずに育った子がこの数十年の間に何人いるだろう? スヌーピーと言われて「何それ?お菓子?」と応える人が世界に何人いるだろう?
昔、テレビのドキュメント番組でアフリカの子供が現地の言葉に訳された「ピーナツ」を読んでいるのを見たことがある。それはロシアの子供たちがマクドナルドのハンバーガーを食べて喜ぶ姿を見るのや、中国の繁華街でコーラの自動販売機を見るのによく似ている。
これらの文化はどれも芸術やアートとはほど遠いものばかりだ。著名な評論家にも笑って無視する者が多いだろう。でも、この半世紀、大きな戦争が起きていないことは、あるいはこういう「低俗」とされている文化のおかげだとぼくは思う。
かつて、日本がロシアやアメリカと戦争をした時、両国ともお互いのことを何も知らなかった。今では平気で日本のテレビで芸能人をやっている陽気なアメリカ人が、その時代、「鬼畜」と呼ばれていた。今なら、「フォレストガンプ」や「タイタニック」に涙した日本人の何人がそれを信じるだろう?
でも、コーラの味さえ知らなかった当時の日本人には、アメリカはただ理解しがたい恐ろしい異国だったのだろう。
もし今、戦争が起きて、また日本が軍国主義をとって、思想統制や洗脳で相手を憎むよう仕組まれた普通の若者が戦場に出向いたとしよう。そして、同じ年齢の相手国の兵士を殺すチャンスがあったとしよう。その時、もし相手の兵士が自分と同じ色のゲームボーイを持って、コーラを飲みながら、スヌーピーのTシャツを着ていたら、果たして昔ほど簡単に銃で撃てるだろうか。
国境を意味のないものにするほどにすばらしい、地球規模で一人のキャラを愛させる「低俗」なこれらの文化がいつか世界を救うと思う。「ピーナツ」はそんな文化のひとつで、その中でも一番すばらしいものだった。作者、シュルツ氏に最大の敬意を持って、二十世紀後半を担ったコミックの終焉に拍手を送りたい。

このあとまもなくしてシュルツ氏が亡くなりました。本当に悲しいニュースでした。詳細はもう少しあとのワンパラに出てきます。

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悲しい心を歌に託して

12月 15th, 1999 — 12:55am

悲しいことがありました。ヒントは以下。
――――――――――――
*クラッシュ!クラッシュ!G3!!
クラッシュ!クラッシュ!G3!!
クラッシュ!クラッシュ!G3!!

マイクロソフトをインストール
とたんにモニタがオールブラック
押しても弾いてもふっても蹴っても
うんともすんとも言やしない

最後の頼みとノートン入れたら
データも消えちゃった~
(やぶ医者やぶ医者やぶ医者)
もうハードディスクをフォーマット
やけくそ、物理フォーマット

*くりかえし×2

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