Archive for 9月 1999


スタジオ公式アイテムその2『スタジオ公式食料』

9月 28th, 1999 — 11:59pm

ドーナツ。
しかも銘柄指定。「ミスター」ドーナツ。スタジオの近所に夜中の一時まで開いている店があるので、よく日付が変わってからそこに飛び込む。作業の時などは数人いるので、二十個とか買う。特に今のように食器関係がプレゼントの時は気合いが入る。おかげでスタジオの食器はすべてミスタードーナツ製。ちなみにスタジオでもっともよく食でられるドーナツベスト3はエンゼルフレンチ、コーヒーロール、プレーンマフィンか。最近は豆腐ドーナツも。

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スタジオ公式アイテムその1『スタジオ公式飲料』

9月 27th, 1999 — 11:57pm

以前にセブンがサイトのひとりごとで言っていたが、スタジオには公式飲料なるものがある。その名もドクターペッパー。風邪薬のシロップのような味がすると悪名高いあの缶ジュースである。実はこれ、日本では関東近県しか売っていないのだが、アメリカではコーラやペプシに次ぐ人気なのだ。最初はみんないやがるのだが、だんだんと禁断症状が出てきて……絶対何かまずいものが入っているのだと思う。ちなみにぼくはドクターペッパーが誕生した町で生まれました。

これが話題の「毒ペプ」です。たこすけがはまっているので、たまに下関に一箱送ったりしてます。

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向山、ライブへ行くの巻

9月 24th, 1999 — 11:52pm

人生も長くやっていると、けっこうすごい経験をする。昨日、ぼくはねこぞうに連れられて、ヴィジュアル系なバンドのLaputaのライブに行って来た。曲とかは前からCDで聞いて、けっこう好きだったので抵抗はぜんぜんなかったのだが、以前のROUAGEのライブとは違い、今度は3列目での参加である。今までねこぞーから聞いた話によると、この手の皆様のライブでは興奮の度合いがピークに達すると、後ろから人が飛んできたりするらしい。生きて帰れるかが多少不安だった。
ライブが始まる。とりあえず後ろから飛んでくる人間に備えて身をかがめてみたのだが、特に何も飛んでこない。代わりに正面の巨大なスピーカーから衝撃波を全身に浴びせられた。内蔵に低音が響く。漠然とバビル二世の衝撃波ってこういうのかと思ったりしてみた。――けっきょくライブは無事に終わり、ぼくは五体満足で家に帰った。けっこう楽しいものである。みなさんも一度行ってみよう。ただし、ヘッドバンギングが始まったら息を止めるのをお忘れなく。シャンプーのにおいでむせます。グスン。

二日に渡って続いたワンパラでした。


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800/忘れたい過去

9月 17th, 1999 — 3:52pm

忘れる。なんでも忘れる。
最近特にひどくなったが、昔からとにかくなんでも忘れる癖があった。もっともひどいのは傘で、忘れたものをすべてつなぎ合わせれば日本の国土ぐらいの面積になると思う。極端な例ではコンビニで傘を買おうとして、レジに持っていく前にほかの商品棚に忘れたというのがある。外に出て、雨に濡れながら、何でコンビニに入ったのか思い出そうとしているのだから頭が悪い。
小学生の時、あまり頻繁にぼくがものをなくすので、母親が一計を案じてあるアイディア商品を買ってくれたことがある。誰が考えたのか、それはセンサーとレシーバーのふたつのパーツから成る機械で、センサーの方は小さなコインのようなものだった。それをお金と一緒に財布の中に入れておくと、万が一財布をどこかへ置き忘れても、数メートル離れれば、レシーバーがそれを感知して鳴り始めるという寸法だ。母親もこの装置を持たせたことでやっと安心したのか、それだけにぼくが財布と一緒にレシーバーも忘れてきた時には真剣に怒っていた。
とにかく空想癖がひどかったので、子供の時などは五分も放っておかれるとあっという間に空想の世界に入り込んでいた。デパートでエスカレーターに乗ると、下に着いた頃には古い炭坑に降りていく作業員になっていたし、乗っている車は宇宙船に化け、滑り台はロボットの操縦席への搭乗口になり、背後からはいつも組織の刺客が迫っていた。(たいてい正体は母ちゃん。)想像に身を任せて、よくケガもした。小学校五年の時には非常に危険な方法でベッドは反重力トランポリンではないということを知った。身をもってニュートンの正しさも確認した。正確には小学生の間だけで三度確認した。
とにかく、こんな調子でいつも夢うつつなので、歩いていてどぶにはまるのなど日常茶飯事である。ひどい時にはそのままどぶの中を歩き続けてしまう。
人の誕生日を忘れてしまうならともかく、自分の誕生日もよく忘れる。忘れるならまだいいのだが、違う日を誕生日だと思いこむからたちが悪い。――以前、真冬に友達にプレゼントを贈ったことがある。その友達が七月が二十一日が誕生日にもかかわらずである。その人は雪の降る寒い日、突然得体の知れない贈り物(しかも、「ハッピーバースデー!冬の良き日に!!」と書かれた)が宅急便で届いて、間違いなく郵便爆弾だと考え、危うく警察に通報しそうになったらしい。
ほかにも物忘れに関しては無数に失敗がある。大学に入った頃、不動産屋にアパートを借りに行って、契約書に大学名を記入しようとしたところ、どうしても自分の大学の名前が漢字で書けず、不動産屋に尋ねたところ、偽学生かと怪しまれて学校に問い合わされた事もある。試験の日に教室の部屋番号を忘れて試験の間中学校を探し回って単位を落としたこともあるし、人の車を自分の車と間違えて、無理矢理鍵を突っ込んでドアを開けようとした上、開かないのでドアを蹴りまくっていたところを後ろから持ち主に羽交い締めにされたこともある。時としては、運転中に考え事にふけっていると、どっちのレーンが自分のレーンか忘れて、ふと前からヘッドライトがくるのを見て、不思議に思ったりする事さえあるほどだ。
今までやった忘れもので最強のベスト3を挙げるならば、以下のようになるだろう。
まず3位だが、議論の余地はあるものの、頭の悪さ加減で言えば、やはり中学生の時、窓を開けたのを忘れて、窓ガラスにもたれかけ、危うく三階から転落死しそうになった時ではないだろうか。あの時、とっさに腕をつかんでひっぱってくれた命の恩人のKくん、ごめん。うそをつきました。――あれ、ボケじゃないです。
これでまだ3位ということが怖いが、2位はある意味、もっとひどい。
大学受験の時、試験会場で自分の名前を忘れた。
いざ答案が配られて、記入しようとした時、ふいにどうしても自分の名前が思い出せなくなった。「向山」までは思い出せるのだが、その下がいくら考えても出てこない。普段、「テディー」というあだ名か上の名前でしか呼ばれたことがないので、ふと考えるとこの数年、自分の名前を聞いたことがなかった。たしか「なんとか彦」だったと思ったのだが、妙に自身がない。途中で一回「昭彦」と書いて、なんか違うなあと思ったりした。しかし、時間が過ぎて行くにつれて、これは真剣にまずいことに気付いた。下手をしたら替え玉受験だと思われ兼ねない。さすがに「自分の名前、ちょっと忘れちゃって」と言っても、信じてくれないだろう。けっきょくさんざん考えた末にふと受験票に名前が書いてあることに気がついて、試験終了五分前にそれを書き写した。「ああ、そうそう。貴彦だよ、貴彦。思い出した、思い出した。」
頭が悪すぎる。
さて、肝心のベスト1なのだが、これが最強である。おそらく世界一の忘れ物だと思う。もうこれを聞いたら一生忘れない。自分でも思い出すたびに笑い転げてしまうほどだ。
その最高の話でこの回をしめくくろうと考えていたのだが、これを書いているうちにそれがなんだか忘れてしまったので、またの機会にでも。

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800/漫画家になれなかった理由

9月 13th, 1999 — 3:51pm

人生もそれなりに長く生きていると、いろいろ妙な買い物をしてしまう。
どこのうちにも倉庫をひっくり返せば、高枝切りバサミの一本や二本は転がっている。台所には、届いた日に一度だけ使った万能ミキサー&ジューサーが眠っていて(もちろんその一回も失敗した)、居間の隅にはオブジェとなって久しい運動器具があるはずだ。女性ならクーリングオフ期間中に効果をあきらめた得体のしれないダイエット食品(パッケージには「三日で五キロやせる」という末期ガンの患者のカルテのようなことが書かれている)は当然持っているはずだし、男性なら「無修正」という文字がパッケージのどこかに記載されている本かビデオがあるはずだ。
でも、これはあなたのせいではない。
なぜなら、それらのものをあなたに買わせたのは、あなたの耳のところにいるフォークを持った赤いちっちゃなやつだからだ。こいつは普段はおとなしく眠っているのだが、「限定販売」とか「バーゲン」とかいう単語を聞くとのそのそ起きだしてきて、「買え買え」と騒ぎ始める性質がある。あなたは必死に拒んだはずだが、不思議なことにふと気づくと、その品物が手の中にあって、しばらくの間の記憶がなくなっている。これはすべて耳元のちっちゃい赤いやつのせいである。心当たりのある方は覚醒剤中毒の可能性があるので、病院に行くことを強く奨める。
しかし、実際のところ、ぼくもずいぶん奇妙なものを買ってしまったことがある。小学生の頃、雑誌の裏に載っていた通信販売で「コピーハンド」なる品物を見つけたのがそもそもの始まりだった。「誰でも今日からプロの漫画家」という売り文句で、漫画家志望だけど、飼い犬がソファに作った染みにも劣る絵しか書けない子供たちの心を多いに惑わした商品である。まさにそういう子供だったぼくは、絵がうまくなるなら外科的手術に訴えてもいいと思っていたぐらいだ。そこに『コピーハンド』である。ハガキで申し込んで待つこと二週間。ぼくは毎日ドキドキしながら郵便受けを探って、想像の中でものすごいものへと膨れ上がったその機械を待ち焦がれていた。すでにどの雑誌でデビューするかも決めていたぼくの元へ、ある日、得体のしれない茶色い包みが届いた。
片手に乗るほどの大きさで、ほとんど重さというものがないその箱を振ってみると、カランカランという音がする。急速に崩れていく希望をよそに、箱を開けると、中から金属製の定規のようなものが一本転がり出てきた。それでも当時のぼくは、すぐにそれを近くのごみ箱にたたき込むことはせず(それは一時間後にやった)、ちゃんと取り扱い説明書にしたがってみた。その説明書の全文はだいたいこんな感じである。

1  定規の右端に鉛筆を取り付ける。
2  定規の左端にも鉛筆を取り付ける。
3  右側にお手本のマンガ、左側に白紙の紙を置く。
4  お手本のマンガを右の鉛筆でなぞる。
5  左側の紙にそっくりな絵ができあがる。

つい最近もある三流雑誌の中で、コピーハンド2の広告を見つけた。写真を見た限り、どうやら新型コピーハンドは定規が二本になっているらしい。
いずれにせよ、この経験は鮮烈だった。こういった経験を経ると、人間は大別して二つに分かれる。不屈にも、次こそはと考えて、再び通信販売に挑戦してまた騙されるやつと、二度と通信販売など利用しないと誓って、訪問販売に騙されるやつである。ぼくは三度ほど前者をやった後、現在は後者を楽しんでいる。これまでぼくが買ってきたものを挙げると――
・どんなものでも5秒でミンチにする『スーパーミンチ』(10秒だと跡形もなく消える。)
・どこへ投げても必ず自分のところに戻ってくる驚異のおもちゃ『カムバック』(ブーメランと呼ぶ人もいる)
・くるみを簡単に剥くことができる『くるみホイ』(運が良ければ、30分ぐらいで上半分が剥ける)
・「点け」と言うと点灯する未来のランプ『自動くん』(「それ」でも点く。「ほい」でもつく。 「山田太郎のバットは汗臭い」だと 3回ぐらい点く。)
これらの愉快な製品はどれも楽しさを与えてくれ(特に着くまでは)、時に感動をもたらし(これを本気で売ろうとしているやつがいることに)、また時に興奮させてくれる(特に苦情窓口の対応が悪いとき)。なぜならこれらの品物が売っているのは、いずれも夢だからだ。もしかしたら自分も漫画家になれるかもしれない。絵がうまくなるかもしれない。少なくとも、着くのを待っている二週間は確かにそう思っているのだ。わずか1280円で『希望』が買えるところなんてほかにあるだろうか。
それに分かったものではない。もしかしたらコピーハンドで実際に漫画家になった人だっているかもしれないのだ。――まあ、もちろん著作権法をクリアできればの話だが。

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800/眠らない町

9月 12th, 1999 — 3:48pm

太古の昔、店屋はすべて午後七時に閉まっていた。
それはディオクレティアヌスが五箇条の御誓文にこう記したからである。「何か記したいが、日本語が書けないから何も記せない」――とにかく店は暗くなるとすべて閉まるものだった。したがって、七時を過ぎてネギがないことに気づくと、近くの農家を襲撃に行かなければならなかった。毎朝のように、ネギを片手に握りしめた主婦の死体がよく発見されたものだ。
しかし、そんな悲惨な時代も今は過去だ。それと言うのも、アメリカの著名な資本家であるイレブン氏が自らの名前をつけた、実にユニークな店を創業させたからである。その店は驚くべきことに、七時を過ぎても閉まろうとしなかった。最初は大問題になって警察がイレブン氏の逮捕に乗り出したが、たまたま当時の警察署長がレンジで温めたハンバーガーが大好物だったために、イレブン氏と店は難を免れた。これがコンビニの始まりである。(ちなみにイレブン氏の名はセブンである)
この成功を見て、在米華僑のロー家の息子、イギリスのマート一族もそれぞれの名前をとった店を始めた。これらの店は瞬く間に世界中へと広がっていった。
最初は食料品と防弾チョッキなど、最低限の生活必需品ぐらいしか置いていなかったコンビニも、徐々に販売の幅を広げ、薬品やおもちゃも置くようになって、今では大型冷蔵庫や核燃料まで取り扱っている。取りそろえているファーストフードも最初は定期的に死者が出るほどまずかったが、それも電子レンジの登場によって一変した。電子レンジで手軽に温めることによって、冷たくてまずい食べ物も、温かくてまずい食べ物へと劇的な進化を遂げたのである。ハンバーガーのパンなどは、かつてはレンジで温めるとペシャペシャになるか、固くなるかで、実にお粗末なものだったが、技術の目覚ましい進歩によって、今のハンバーガーのパンはふっくらとやわらかいものになっている。来世紀中には食用になる可能性すらでてきた。
また、夜中に大変重要な書類をワープロで打っていて、やっと終わったのに印字用のリボンが尽きたとする。昔ならワープロをこぶしが折れるまで叩き壊さないといけないところだが、今なら近くのコンビニにひとっ飛びして、一番大きな金づちを買ってくれば、こぶしを痛めなくてもすむのだ。
このようにコンビニは便利なだけではない。近年、コミュニケーションを失った都会では、コンビニが人々の集まる井戸端の役割も果たしている。コンビニに行けばコピー機もあるし、トイレも借りられるし、夜中でも必ず人がいる。コンビニは現代人の心のオアシスでもあるのだ。もちろん、コピー機はたいてい故障しているし、トイレは従業員専用だし、夜中の客の大半は暴走族や怪しい外国人だが、そんなことはたいした問題ではない。大事なことは、深夜のコンビニには決して大金を持っていってはならないということである。
いずれ多くの店がコンビニ同様、閉店することを知らなくなる日が来るだろう。真夜中の三時に、突然のこぎりと、シャベルと、人が入る大きさの布袋が必要になっても、すぐに買いに行ける時代はもうすぐそこまで来ているのだ。これは一見、喜ばしいことのように思えるが、必ずしもそうとは限らない。絶対に眠らない店。降りることのないシャッター。そして、昼と夜の区別がなくなった時代。それはあるいは、利よりも害をもたらすものかもしれないのである。
特にシャッター業者には。

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カウンターは回らず

9月 7th, 1999 — 11:50pm

本日、宮さんがギブアップした掲示板をもう一度修復。あと、このページにカウンターを搭載。さっきからピクリとも動かないので、少々不安になっている。これは次のどちらかが原因なのだろう。

・やはりCGIを失敗している
・誰もアクセスしていない
しばらく様子を見ることにしよう。とりあえず目標、アクセス10人ってことで。

このあと、たくさんの方から「回ってるよ!」という報告をいただきました。

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