Category: 小説


近況報告2009/10

10月 18th, 2009 — 4:10pm

 ワンパラ再開にお祝いや応援のメール、ありがとうございました!
 なかなか返事が出来ずに申しわけありません。
 ほぼすべてのメールの最後に「新作、いつまでも待っています」と書いて下さってるみなさまの優しさに感謝です。中には「十年でも二十年でも待ちます」「私が死ぬまでには出して下さい」「だいじょうぶです。ちゃんと覚えています」というような、悲しくなるほど気を使ってくださっている方もいて、はい……オバマ政権が終わらないうちには出したいと思います。

また「以前に書いていた『超能力少女もの』とは『絶叫仮面』のことか?」——という質問も大変多くいただきましたが、これは違います。沙月の特殊能力といえば、主に人智を越えたファッションセンスぐらいのものなので。

「超能力少女もの」というのは現在も書き続けています。当初の予定より三倍ぐらい長くなってしまっていて、まだしばらく終わる見込みが立っておりません。すみません。どうも並行して書いていた「小学校六年生男子」が主人公の小説の方が先に完成しそうな気配です。ほかにも並行して書いている作品がありますので、どれから陽の目を見るかはぼくもまだはっきり分からない状況ですが、分かり次第、みなさまにこのページで一番早くお知らせしますので、よかったらたまに覗きに来てください。十年はかからないと思います。たぶん。

また、モンスターハンターの同人誌についても何件か問い合わせをいただきました。
まだ若干部数が余っていますので、リクエストがほかにもあるようなら期間限定で通信販売の形も考えたいと思います。

コメント欄についても、いくつかリクエストをいただきました。ありがとうございます。でも、コメント欄を解放してしまうと、すぐに「アナタの前髪を回復させてみせます」というメールや、名前も知らない女の人から「貴男限定のサービス」を受けられるサイトへのお誘いが大量に届いてしまって、特に前者の方は一瞬心が揺らぎそうになる悲しい自分がいるので、当面はコメントは閉鎖したままでいこうと思っています。すみません。なので、もし何かありましたらこちらからメールをお願いします。

それではみなさま、引き続きワンパラをどうぞよろしく!

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超能力とフィクション

2月 14th, 2005 — 2:34pm

「超能力少女もの」って前回書いたのを一日あとに読み返して、「うわあ、なんちゅー怪しい表現だ」と思ってみたりしている向山です。「超能力」っていう単語も、「少女」っていう単語もどちらも怪しいのに、二つ組み合わせると凄まじい破壊力を生むのがよく分かりました。——まあ、この単語が持っている響きよりは、実際の作品はもっとずっと「羊たちの沈黙」よりなので、中和はされていると思います。関係各方面の方々は御安心を。
思えばぼくの子供時代は超能力ブームで、ユリゲラーが来日して、スプーン曲げがはやって、ESPやら透視やら念写やらっていう特集記事があたりまえのように学習雑誌に組まれていたすごい時代です。
漫画でも少年漫画、少女漫画問わず、超能力ものは定番で、誰一人そんな能力を持っている人が身近にいないにも関わらず、不思議と超能力の概念は日常に馴染んでいました。当時の子供には、疑いようもなく必ずこの世に存在するものだったんです、超能力は。
ぼくも例にもれず、近所に住んでた友達に「エネルギー衝撃波」と称して、石を後頭部に投げつけたりしていました。ちょっと当たり所が悪いと、すぐ保健室行きになる危ないエネルギー衝撃波でした。(まあ、後年はやった「ペガサス流星拳」や「北斗百裂拳」に比べればどうっていうことないものでしたが。)
で、大人になってから、けっこうまじめにこの超能力とか霊能力とかっていうものに関して調べてみたりしました。
すると、どうしても現実の世界では「超能力」というのは、同じく超自然的な要素を持つ「霊魂」や「宗教」といった要素とからんできてしまいます。考えてみれば、宗教の指導者はキリストにしてもブッダにしても、みんな超能力者なわけですから、当然といえば当然です。だからなのか、超能力に関するあらゆる事例について、必ず否定したがる人が登場します。こういった人の心理というのは実に不可思議で、仮にうそを証明できたとして、自分には一文の得にもならないのに、ひどく一生懸命です。まるで超能力が実在したら、自分の生命に関わるかのような熱意で否定論を展開します。
今回、超能力について書いてみたいと思ったのは、能力そのものよりも、互いの存在意義を賭けて行われるそんな「超能力否定肯定論」の戦いに興味が湧いたからでした。
そもそも多くの人にとって、超能力は概ねエンターテインメントです。手品と同じで、仮にタネがあったとしても、驚き、感動するための手段です。たとえ心のどこかで嘘だと思っていても、テレビの超能力特番を喜んで見てしまいます。なんの夢も希望もない日常とは違う世界が実在しているかもしれない、という可能性に感動しているのだと思います。
で——ぼくが生業としている「フィクション」の世界にも同じことがいえるような気がします。言ってしまえば、すべてのフィクションはみんな「うそ」です。本当に起きた話ではありません。だから何を書いても「うそじゃん」と言われれば、ある意味、それで終わりです。
でも、そんなフィクションを読んで、人間は楽しんだり、悲しんだり、感動したりして、それを糧に生きていくことができる不思議な力もあります。架空の物語を読んで、そこから前向きな力を得て、それで実際の人生を変えてしまうこともあります。一般的には「想像力」と呼ばれている力ですが、「考えるだけで何かを動かす力」を超能力とするなら、あるいはそれだって立派な「超能力」かもしれません。
今回はそんな広義の意味での超能力ものですが、それ以上に謎がいっぱい、ドキドキすることいっぱいの物語にしたいと思っていますので、どうぞ御期待下さい。
(そんなことを考えながら、今、新しい作品を書いているわけですが、まあ、当面の課題はそんな大げさなことよりも、今の高校生のしゃべり方を研究することだったりするわけです。)

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あくまで予定ってことで

2月 13th, 2005 — 6:03am

日本語の小説という本業から離れること四年。その間も物語はずっと書いていたものの、全部英語だったし、日本語の文は書いてもエッセイかノンフィクションだったので、思った以上にブランクを大きく感じています。それでも少しずつ感覚を取り戻しながら、現在新しい作品の執筆を始めたところです。まだ詳細は何も書けないのですが、とりあえず長編です。ぼくとしてはかなり無茶な目標なのですが、リハビリのためのショック療法の意味も込めて、なんとか今年中の完成発売を目指そうと思っています。
ジャンルですが……うーん、少なくても「童話」や「BFC」とは似ても似つかないものだということだけはいえると思います。一応ジャンルがあるとしたら「超能力少女もの」です。ギャグじゃないですよ。マジです(笑)。  ミステリーだとも、ホラーだとも、サイコサスペンスだともいえると思いますが、ぼく的にはやはり「超能力少女もの」で、しかも「学園もの」です。関係各方面の「おいおい、大丈夫なのか、向山。今は2005年だぞ。」と嘆く声が聞こえてくるようですが、ぼくもよく分かりません。 ただ、ちょっと前から次の作品は現代の日本を舞台に、できれば高校生の女の子を主人公で謎だらけ、どんでん返しだらけのものを書きたいと思っていたので、願いは叶っています。
製作の経過は随時このページでレポートしていく予定ですので、よかったらたまに覗きにきてください。
また、BFC関連で新商品があったら、おそらく第一報はこのページに登場する確率が高いと思います。こちらも何か情報があったらお知らせしますね。ほかにも夏から秋あたりにかけて、少しやりたいこともあります。今のところ、秘密ですが。
とりあえず今年もひたすら面白いものをお届けできるようがんばりますので、また懲りずに応援してください!
向山でした。

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はがき一枚でできること

8月 26th, 2004 — 4:28am

職業作家になってから今年で五年。小説を書き始めてから三十 年。最近になってけっこう作品の感想をもらえるようになりまし た。口頭に始まって、メール、ハガキ、封書と届く形もさまざま です。
ネットオークションで何気なく買い物をしたら、領収書と一緒に「BFCの続き楽しみです」という手紙が入っていたリして、 買ったのがアダルトビデオとかじゃなくて、本当に良かったと 思ったりもしますが、とにかく感想をもらうほどうれしいことは ありません。

出版界に関わる前に一読者だった時、何度か感動した本の作者 に感想の手紙を出そうとして、やめたことがありました。理由は 簡単です。「どうせ何百枚ももらってるのに、わざわざぼく一枚 の感想が増えたって別にうれしくもないよな。」そう思って、途 中まで書いた便せんを捨ててしまったことがありました。 もしか したら、ぼくと同じようなことを考えた経験のある方は多いので はないでしょうか?
でも、これが大間違い。

作家になって五年。自分でも恥ずかしいぐらい、感想が来るの がうれしいです。ほとんどの感想は二度読み返すぐらいうれしい です。いい感想をもらった日は、そうでない日の2割り増し幸せ で生きられます。

「でも、それって何十枚とかもらってうれしいということです よね?」と、この前聞かれました。
それもちがいます。
一枚でもはしゃぎます。「面白かった」っていう意見がある
と、一行でも大喜び。「あのシーンがよかった」って書いてある と、わざわざそのシーンを読み返したりしています。

感想の意見を書いたあと、「私一人の意見なんて関係ないと思 うのですが……」と付け加える方がけっこう多いのですが、実は けっこうたった一人の意見に左右されることがあります。少なく ても、ぼくは過去二回、実際に一通のはがきの意見で大幅にスト ーリーを修正したことがあります。
こうして感想に一喜一憂する自分を見ていると、言葉の大切さ を何より思い知らされます。「ありがとう」や「ごめんなさい」 の持っている計り知れない力をなめちゃいけないと感じずにはい られません。
時には百万円のお金よりも「ありがとう」ひとことの方が価値 があると思います。
事実、かつてすごく辛い思いをして完成した本が発売されたと き、書店に並んでいるのを見ても、原稿料をもらっても、少しも うれしくなかったのですが、たった一枚「書いてくれてありがと う」というハガキが届いた瞬間、それまでの思いがどうでもよく なったことがあります。

これにはさすがに自分でも正直びっくりしました。たった一言 の「ありがとう」で、そんなに喜べるなんて信じられませんでし た。顔も知らない人からのありがとうひとつ。そんなんでいいの か、おい>おれ! とあきれて自分に問いかけたら、怖いぐらい 素直に「あ、いいや」と思えてしまって、二度ビックリ。

自分の生き方を探して小説を書いている人もいると思います。 芸術的な価値を求めて書いている人もいると思います。でも、そ の瞬間、ぼくは自分がなんで書いているのかはよーく分かりまし た。

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赤くなる話

5月 27th, 2004 — 4:21am

職業病として申請しても、たぶん労災は降りないとは思うのですが、仕事として文章を書くようになってからずっと患っている症状があります。
「赤ペン恐怖症」。
とにかく赤ペンで書かれた文字を見ると、「校正される!」と 思ってしまう恐ろしい病気です。 こんな仕事をしていてなんですが、ぼくは正直、あまり文章がうまくありません。それどころか、初稿をうっかり人に見られてしまうと、「これ、子供の時に書いた原稿?」と言われてしまうぐらい下手です。
仕方がないので、何度も何度も書き直して、そ れをねこぞうに再度校正してもらって、やっと毎回なんとか読める状態にしているのですが、このねこぞうの校正というのが凄まじくて、誰かが上で吐血したのかと思うほど真っ赤になって原稿が返ってきます。それを元にまた書き直して、今度こそ……と思うと、またねこぞうが真っ赤にして戻してきます。泣く泣くそれをまた書き直して、今度は出版社の方へ回すと、編集者からもやっぱり赤ペンで問題点が書かれて戻ってきます。そんなことを繰り返しているうちに、すっかり赤い文字を見るとびくっとなる体質になってしまいました。
最近は宅急便を受け取る時にはんこを押すと、なんだか自分の名前が校正されているような気分になるので、朱肉も青いものにしようかと本気で迷っているぐらいです。
実はこのワンパラだけは校正されていないので、どこか間違ってないか、心配で仕方がありません。たぶん大丈夫だと思うのですが……。
たぶん……。

× どこか間違ってない ○ どこか間違っていない

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恐怖のブラウニー

5月 4th, 2004 — 4:19am

「ビッグ・ファット・キャット」シリーズを始めて以来、主人公 がパイ職人という設定もあり、よくアメリカのお菓子を調べた り、作ったり、食べたりする機会ができました。その中でひとつ 恐ろしいお菓子を紹介しましょう。


アメリカには「ブラウニー」っていうお菓子があって、これは チョコレートのケーキのようなものなのですが、日本で売ってい る生チョコのケーキなどを想像していたら、一口食べただけでも 精神的な食あたりを起こします。 アメリカのブラウニーは何が恐ろしいかというと、そもそも原 材料が板チョコと砂糖です。無糖の料理用のチョコじゃありませ ん。普通の板チョコです。アメリカ人には板チョコの甘みが足り ないと感じて、砂糖を加えようとする人間が実際にいるんです。 しかも、そのお菓子が定着しています。 実家の友達にこのブラウニーを食べさせたことがあるのです が、彼は一口食べるなり、口に手を当てて「うぷっ」という何か が潰れたような声をあげ、そのまま青くなって固まってしまいま した。辛い物や苦い物なら分かりますが、甘いものです。甘い物 でこの反応を起こす食べ物というのは半端なものではありませ ん。


余談になりますが、ぼくの直接の知り合いに、「コーラは薄味 だから」と言って、喫茶店でガムシロップをもらい、コーラに入 れて飲んでいるアメリカ人を知っています。彼に「いくらなんで もそれって体に悪いんじゃないか?」と聞いたら、彼は得意満面 な顔でこう答えてくれました。 「だから、ちゃんとダイエットコークにしてるよ。」


とにかく話の種にでも、一度ブラウニーを食べてみたいという 方にはひとたつだけ忠告を。 国内で売っているブラウニーは多くの場合、日本人の味覚に向 けてアレンジされた偽物です。見つけたブラウニーが本物かどう かを見極める方法は簡単なので憶えておいてください。食べて三 十分以内に以下の三つの症状のいずれか、もしくは全部が現れた 場合、本物だと考えても無難でしょう。


1、糖尿病になった 2、三本以上歯が溶けた(二本しか溶けなかった場合は砂糖分が 足りません。)3、死亡した

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ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本

11月 7th, 2001 — 3:51am

以前から「英語の本」と呼んでいた本の正式な仕様や発売日が決まりましたのでお知らせします。
タイトルは紆余曲折の末にけっきょく「ビッグ・ファット・キャットの世界一簡単な英語の本」という題に決まりました。大きな猫の絵が目印になります。
発売は今月末で、全国の大きな書店ならだいたい入ると思います。遠隔の地方は来月頭になるかもしれません。「童話」と同じ幻冬舎から発売で(幻冬舎からこういう本が出るのははじめてじゃないかな?)、四六判170pぐらいの厚さです。全ページたかしまてつをさんのイラスト満載で、四色フルカラーながら定価は1300円と大冒険をしてみました。ちなみに英文学の大学教授であるうちの母との共著です。
もちろん、ただの英語の参考書じゃありません。既存の英語の文法を一旦忘れて、文法用語を一語も使わず、箱二つと矢印だけを使って英語の仕組みを説明してみました。たぶんこれ以上簡単に英語を説明する方法はないのではないかと思います。
英語がさっぱり分からないと言う人は最初の一章だけでも立ち読みしてみてください。英語の授業で疑問に思っているいろんなことが解決するかもしれません。英語が苦手でもう何度も挫折して、諦めている人に向けて書きました。どうかもう一度だけチャンスを下さい。きっと英語が好きになりますから。

もちろん、ただの参考書じゃつまらないので、いろんな仕掛けもしておきました。例文はすべてつなげると長いお話になっているし、パラパラ漫画がひそかに隠れていたり、いろんな遊びがひそんでいます。探してみて下さい。
巻末にはぼくの書き下ろしの英語のショートショートが二つ入っています。ただし、両方とも英語です。(笑)

まあ、まあ。――本を最初から読んでもらえば、きっと英語の苦手な人でも読めるように工夫してありますので御安心を。
二つ目のお話は「The Red Book」という怖いお話です。古本屋の隅で見つけたタイトルのない赤い本を買って、家で読んでいると、本の影にふと部屋の隅にうずくまる女の姿が見える、といけっこう本気で怖い話です。
怖いのが苦手な人には、ほかの話はすべてパイ屋のエドと太ったでかくて図太い黒猫のエピソードなのでこちらもご心配なく。

本の公式サイトもまもなくオープンします。
とても気軽に読める本です。鉛筆一本必要ありません。どうぞよろしくお願いします!

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こうして猫は決まった

8月 8th, 2001 — 3:45am

実はみなさんに

折り入ってお願いが!

と、いうほど、まあ、そんなに大げさなことではないのですが、ご相談したいことがあります。実は来月、英語をまったく新しい方法論で勉強しようという試みの本を発売する予定なのですが、この期に及んで、まだ原稿が完成していません! みんな、仕事の遅いぼくが悪いのです。反省。
今、イラストレーターのたかしまてつをさんに無理を言って短い時間でがんばってもらっているのですが、登場人物のイラストを描く段階で迷っていることがあります。
この本はある太った猫がマスコットとしてたびたび登場するのですが、 そのイラストをどんなものにすればいいかで悩んでいます。
どんなものが大勢の方に馴染みやすいか、どんなものが本を読む際により興味を引いてくれるか、を考えているうち、自分たちでも訳が分からなくなってしまいました。
そこで苦肉の策として、広く意見を聞いて回ろうということになりまして、 インターネット上にラフイラストで10種類の猫の絵をアップしています。 この10種類の猫のうち、どれが一番好きか、もしくはどれもあまり惹かれないか、衒いのない意見を聞かせていただけると助かります。
投票所のようなページがありますので、そこでクリックしていただくだけで、 簡単に投票が可能です。一分もかからないと思います。 お忙しい中、本当に申し訳ありませんが、一人でも多くの方の 意見をいただきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。
締め切りが迫っていますので、投票所は金曜までしか設置していませんが、どうぞどうぞよろしくお願いします。無記名の投票になりますので、どうぞ正直な意見をお願いします。
投票していただければ、本当に本当に助かります。

(この際の投票所はすでに閉鎖しました)

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新聞広告

7月 16th, 2001 — 3:41am

読売新聞をご購読の皆様、東京の方は15日の朝刊を、地方の方は16日の朝刊をご覧ください。2面に「童話物語」の大きな広告が掲載されています。文庫が累計15万部を突破したということで、お祝いに出版社が出して下さいました。報告が遅れてすみません。
ぼくも今ひとつ日付に自信がなかったので、今日、遅れて知りました。あまりに大きな広告でびっくりしましたが、それ以上にあおり文句にある「天才少年
」というのにひっくり返ってしまいました。
「天才」はもちろん、「少年」も無理があるし。
しかし、何はともあれ、こんな素晴らしい広告を出してくださった幻冬舎さんに心からの感謝を! 本当にありがとうございます!
そして、わずか2000部の旧版から、ハードカバーを経て、「童話」がここまでくるのを支えてくれた多くの読者の皆さんへ、本当にありがとう!
「童話物語」はみんなの作品です。

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クローシャらしい単語

7月 12th, 2001 — 3:39am

Psychocatsで現在「童話物語」校正中の話が載っている。
これはみんな本当の話で、「童話」のハードカバー版発売の時にわざわざ日本語の専門家としてねこぞうにスタッフに加わってもらった最大の理由である。「童話らしい」単語とそうでない単語を見分けるというのは、実はけっこう大変な作業で、ねこぞうがあげている分かりやすい例以外にも無数に迷った単語はあった。
例えば何かの折りに使った表現で「海のように深い」というのがあった。一見、読み飛ばしてしまうあたりまえの表現なのだが、よくよく考えるとクローシャには「海」がない。「水地」ならあるのだが。
海関係ならもっとややこしいのは、アロロタフ山のシーンに出てきた「海抜」という言葉や、アルテミファで書いた「海峡」という名称。そこまで神経質にならなくてもいいか、と思ったのですが、ねこぞうが気がついてしまったのをきっかけに変えました。そうなると、もうどんな小さなことでも気にせざるを得ず、最後は何人もでしらみつぶしの単語探し。
「ジャンプ」「神」「梅雨」「来月」「週末」「屋台」「春のような」「午後」「赤信号」「タワー」「金貨」「ロック」「毎週」などがどんどん消えていった。(理由は全部わかるかな?)でも、「チョップ」だけは本当に何がいけないのか分からず、ねこぞうに絶対消すように注意されたにも関わらず、抵抗した。「だって、日本語にないじゃん、チョップ! 『手刀を入れた』
じゃ変だろう! クローシャの人だってチョップぐらいするだろう!」けっきょくもめた末にスタッフに「チョップって変か?」と聞いて回ったら、答えをもらう前に爆笑されたので、答えを聞く必要もなくなった。ほかにも吊り橋のロープの部分をなんと呼ぶのかなどで編集者も交え、大論戦もやったが、今となれば全部いい思い出である。
まだまだ逃したものもあると思うので、もし発見したら掲示板にでも報告して下さい。
お礼にチョップでも。

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