ほたるの群れ 2「阿」

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本日のワンパラ(10/02/09)

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「人に言えない日本地理」

「名古屋県ってどこにあるんだっけ?」
 ぼくが実際にスタッフにした質問である。しかも、これはほんの数年前のことだ。あまりにも周りの連中が引いているので、さては35にもなって「名古屋県」の場所すら分からないのかとあきれられているのだろうと思って、「日本の地理は弱いんだよ」とまで付け足したが、みんな顔を見合わせるだけで、表情が凍り付いていた。一番若い女の子は何か珍しい生き物が部屋に入ってきたような顔でずっとこっちを見ている。ぼくはちょっとむっとして、「名古屋県だよ、名古屋県。何? 誰も知らないの?」と繰り返した。

 また、こんなこともあった。
「北海道って県付けるんだっけ?」
 こんなのもあった。
「奈良って京都のどのへん?」
 これはもう少し若い時だけど、聞いた人には強烈な印象だったらしい。
「四国って九州だっけ?」
 どうもギャグで言っていると思われることもあるようだが、誓って言うが、どれもその時にはマジで聞いていたものだ。今日もねこぞうに「餃子の宇都宮市って何県だっけ?」と聞かれて、ためらうことなく「埼玉だろ。おれ、行ったことあるし」と答えたばかりだ。行けるものなら行って見ろよ、埼玉の宇都宮市、と自分に強く突っ込んでおきたい。

 そう。ぼくは日本地理が極めて苦手だ。本州の最南端、九州まで5分っていうところで十数年育ったのに、九州の県がつい最近まで「福岡」と「長崎」しか分からなかった。それも両方位置は間違えていた。あと、「別府」という県があった気がしたが、さっき地図で確認したら存在しなかった。たぶんこの「大分」か「宮崎」というのがそれに当たるのではないかと思う。

 そんなわけで、いったい自分がどのくらい日本地図を把握しているのか試すために、ネットにある「日本地図ゲーム」をやってみることにした。これは県の形に区切った白地図に、それぞれ正しい県名を書き込んでいくというシンプルなものだ。なんだかんだ言っても、ぼくももうすぐ四十歳。案外、パーフェクトを出してしまうんじゃないかと内心なめてかかっていた。 まずは出身県の山口を書く。余裕だ。でも、さっそくここでちょっと首をひねった。
「山口」のとなりはずっと「広島」だけだと思っていたのだが、地図をよく見ると、何か上にも県があることに気がついた。この県の名前がいくら考えても思い出せない。――いや、いくらなんでもとなりの県である。きっとど忘れしているだけで、答えを見れば「あーあー」と思うだろうとタカをくくっていたが、見てみたら「島根県」。まったく思い当たらない名前だった。大学の時に山形県出身の「島根」というやつがいたが、あれはたぶんなんの関係もないのだろう。
 奥さんの出身であるため、何度も行っている四国はさすがに自信を持って書いた。なめるなよ。これでもカーナビだけでいつも車で四国まで行ってるんだから。そう思って答え合わせしたところ、なんと四県を四県ともずらして間違えるという、逆に狙ってもできそうもない間違え方に成功していた。というか、そもそも香川県を「高松県」と書いていた。

 関東はもう住んで十数年。しかも成人してからの十数年で、その間、何万キロも車で運転している場所だ。さすがに余裕だろうと思って、県名を埋めていった。東京、神奈川、千葉。少し迷ったけど、中央線の先にあるのだから左の奴が山梨。上はよく通っていた埼玉。おお、順調じゃないかと自分に誇らしく思いながら、何やら上の方にもう三県並んでいることに気がついた。なんだこれは? 関東って、ほかにも県あったっけ? と、その三件に住んでいる方に失礼なのを承知で思った。いや、待てよ。これのうちのひとつって妹が住んでる茨城だろ。そう気がついた。たしか茨城に車で行った時は高速で二時間ほどかかった。所沢は下の道で一時間弱ぐらいだから、だいたいその倍ぐらいの距離にあるはず。でも、どれだ? そしてほかの二つは? もしかして千葉ってもっと上だったか? 電車で二時間半ぐらいと聞いていた静岡も怪しい。そういえば仙台も新幹線ならすぐって聞いてたし、寒いっていうから上の方じゃないのか? 待てよ。仙台って県だっけ? 仙台県? なんか聞いた覚えがない名前だな。だとしたら何県だ?
 迷った末に、その三県は左から大学の合宿で行った「長野」、妹の住んでいる「茨城」、そして昔友達が住んでいた「群馬」と書いて答え合わせした。ねこぞうから「バカ? もしかしてバカ?」と聞かれた。

 しかし、ここまではまだよかった。これからがいよいよ怪しい。
 関西、甲信越、東北。
 まず正直に告白しよう。今まで何度もその単語を口にしたり、話題に出た時には相槌を打ってきたが、ぼくは本当のところ、「甲信越地方」が何か分かっていない。場所が分からないのではない。「何か」分からないのだ。もしかしたらフィクションに出てくる場所かもしれない。あるいはいずれかの県の江戸時代の呼び名である可能性もある。たぶん……たぶんだが、きっと関西と関東の間のよくわからないごちゃごちゃしたあたりのどっかだとは思うのだが、もしかしたら山か何かの名前かもしれない。下手したら「甲信越県」の可能性も視野に入れて、今まで三十九年間ごまかしてきた。なので、このあたりの地理は絶望的だ。
 おまけに関西も自信がない。ほとんど行ったことがない上に、「名古屋県」が未だにどこにあるか分からない。だいたいの県の名前は言える。「大阪」「京都」「奈良」「和歌山」そして「名古屋が入っている県」だ。もしかしたら全部関西じゃないかもしれないけれど、まあ、ぼく的には関西だ。問題はどれがどこにあるのか皆目検討がつかないことだ。よく下関に帰郷する時に新幹線でこれらの駅を通過するので、漠然と並んでいる順番は分かっている。問題は、新幹線の線路がどう通っているのかがさっぱり分からない事だ。まさかそんなに大回りはしないだろうという推理で、下半分に順番に知っている県を書き入れていったのだが、結果、全滅。静岡県の存在をとばしていたことも致命傷だった。

 最後の東北地方はもはや見当がつかない。自信を持って記入したのは北海道ただひとつ。(正直、これも書きながら間違っていたらどうしようかと思っていた。)秋田と青森はどこかにあるはずだ。福島っていうのもあったと思う。問題は仙台が県かどうかだ。なんとか全部書き終わったが、日本海側の県はほとんど真っ白のまま。しょうがないので、いくつか件名を発明して埋めておいた。そんなわけでぼくの住む日本は、北側が「崎陽県」「開高県」「北斗百裂県」「ペガサス流星県」など大変カラフルな地方となった。

 答え合わせボタンがあるので、おもむろに押してみると47都道府県中、正解が12県。奥さんの出身県を間違えている上、父方の故郷の山梨、母方の奈良、そして妹が現在在住している茨城も間違えるという逆パーフェクトの凄まじい成績。自分が実際に長期間住んでいた「山口」「東京」「神奈川」と、三葉虫でも間違えないと思われる「沖縄」「北海道」を除き、なんと正解したのは7県だけ。しかも7つのうち半分は当てずっぽうかラッキーで当たったもので、ひとつは漢字を間違えていた。福井県に関してはお住まいの方には大変申し訳ないのだが、生まれて初めて聞いた名前のような気がしてならない。

 さすがにこれには自分でも危機感を持ったので、その後、地図帳と三時間にらめっこして、やっと全部の県の位置を覚えた。その際にいくつか驚くべき発見をしたので、それをここに羅列してこのワンパラを終わりたい。

・大阪が思ったより小さかった
・三重県の県庁所在地の名前が誤植かと思った
・正直、愛知県よりも名古屋県の方が覚えやすい気がする
・崎陽県は悪くない名前だと思う
・実は東京も最初場所を間違えかけていた
・島根、福井などの県にお住まいのみなさま、不幸のメールとか送ってこないでください。すみません、反省してます。
・たぶん一月もあれば、また大半は忘れると思う


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本日のワンパラ(10/02/03)

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「名もなきもの」
(2007/5/18のmixiの日記より転載)

 日頃、文章を書いていて思うのだが、たまに名前がまったく分からないものがある。しかも、割とよく見かけるにも関わらず、それ単独では呼んだことがないものというのが、世の中には意外に多くある。
 小説では具体的な描写をしないといけないので、実際にこういった名前のあまり分からないものに突き当たることがよくある。

 最近、困ったものといえば、窓際の描写をしている時に、窓の下についているちょっとした台のような部分をなんと表現していいか分からなかった。窓枠ではない。たまに小さいサボテンとかカレンダーとかが置かれているあの部分のことである。
 外国ではこの部分にものを飾ることがポピュラーなためか(たぶん、日本よりもスペースが広いこともあるが)、この部分の名称は大変有名である。windowsillというのだが、この同じ部分が日本語でなんというのかが分からなかった。とりあえずwindowsillを英和辞典で引いてみたところ、「窓台」「窓の下枠」とあったのだが、どちらもなんとなくぴんとこない。たぶんこういうように書いても、ほとんどの人は別のものを想像してしまいそうだった。
 そこで、スタジオには日本語の辞書みたいな猫が住んでいるので、ちょっと聞いてみた。辞書猫はあっさり「窓の『桟(さん)』っていうんだよ」と教えてくれた。
 なるほど、これも難しい表現だったが、なんとなく窓台よりはぴんとくるものがあったので、それでいくことになった。あとは少し説明でフォローしていくしかない。

 そんなことが文章を書いていて、ままある。やはり伝統的な日本のものや、登場したばかりの新しい物品、流行のもの、などが困ることが多い。ぼくの知識が足りないと言われればそれまでなのだが、案外どんな小さなものにも名前はあるというのが、最近気がついた重要な教訓だった。

 以下、最近突き当たった「名前の分からないもの」をいくつかあげておいた。後に答えが分かったものも、分からなかったものもある。みなさんはいくつぐらい分かるかな?

・バッテラや押し寿司の上に乗っている薄い海草の皮膜のようなもの。名前もだけど、それ以上にあれっていったい何? オブラートやゼリーみたいに人工的に作られたもの?

・女の人の服装は大変困る。とにかく細かく名前がついている。キャミソールぐらいならいい。でも、最近は腰に巻いているだけの飾りのようなやたら幅のあるベルトとか、半袖でも長袖でもない中ぐらいの長さの袖とか、本当にいろんな服装がある。パンプス、レギンス、など何か分からないものも多い。この手のもので最近困ったのは、案外昔からあるのに、今ひとつどう呼んでいいか分からなかった、髪を束ねるゴム紐である。最初、ヘアーバンドと書いていたのだが、よく考えると、これはまったく別のものだったので、大変に慌てた。

・ふすまなどの下にある木のレール部分。ちなみに上端の方も同じ名前なのか、違う名前なのかが分からない。

・インディージョーンズなんかに出てくる吊り橋の、左右の手すり代わりになっているロープ部分。これは童話物語を書いている時に良く登場したのだが、最後までなんと表現していいか分からなかった。

・スティック状のお香で、お線香とかではなく、アロマテラピー用のもの。線香としか書きようがないのだが、それだとどうしても仏壇に供える方が先に浮かんでしまう。

・薬のカプセルや錠剤などが入っている銀色のシート部分の名前。特に薬を抜き出したあと、空になったものが落ちているのを表現しようとした時になんと書けばいいのか分からなかった。「薬の抜け殻?」

・お茶碗やお椀などの下に着いている台座の部分。熱い時はあの部分に指をかけてうまく持つけど、名称はあるのだろうか?

・「横へピョンとジャンプする」という動作を示す日本語。「跳ぶ」だと、かなり大きく跳んだ感じがするので、もうちょっとぴょんと避けるような感じを示す言葉。できれば名詞があると便利だ。

日本語を学んで早三十九年。まだまだ先は長そうだ。

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本日のワンパラ(10/01/26)

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「ひとりきりのイルミネーション」

 夜中に目が覚めるようになったのはいつぐらいからだろうか。
 子供の頃は目を閉じて、次に目を開けると朝だった。たまに何かの間違いで目が覚めた時は、夜の天井が怖くて、すぐに布団をかぶって寝た。何しろその頃住んでいた山口の実家は、電気を消すと、本当に真っ暗闇だった。窓からかすかに漏れ混む青色の月明かりを除くと、本当に光が何もなかった。寒い冬なんかにうっかり尿意で目覚めたりしたら最悪。寝ている部屋から台所を通って、トイレまでわずかに数メートルなのに、その真っ暗な部屋を横切って、トイレの明かりを付けるまでが怖くて仕方がなかった。闇は怖い。それはぼくがかなり早い段階で習ったことのひとつだった。
 二十歳を過ぎた頃からだろうか。睡眠があまり得意でなくなった。夜中に何度も起きるのが当たり前になってしまって、一度起きるとそのまま眠れなくなることもしばしば。もう東京で一人暮らしを始めていたが、まだ闇は怖かった。今から考えると、これがかえって逆効果だったのかもしれないけれど、夜中に起きた時のことを考えて部屋の明かりを点けたまま眠るようになった。それも昼と変わらずに煌々と。起きても、ちっとも怖くない――そう思わないとよく眠れなかった。
 結婚してからはやはり奥さんの手前、再び電気は消すようになった。最初に「電気消さないと」って言われた時にはもう十年ぐらい電気を点けて寝るのがあたりまえになっていたので、「そうだね」と言いながらも、内心は不安を感じていた。何しろ寝るのが苦手なぼくは、いつも寝られなかった時に備えて、本やら漫画やらパソコンやら、いろんなものをベッドサイドに持ち込んで、とにかく眠るまで「寝る」ことを意識しないようにしていた。徐々に眠気が強くなってくると、本を開いたまま気がつくと眠っている——そんな習慣が二十代ですっかり身についていた。
 でも、久方ぶりに暗い中で横たわっていると、不思議と安心した。ぼくが覚えているよりもずっと、暗闇は優しかった。それからは毎日電気を消して寝る生活に戻ったけど、それでも相変わらず夜中に一度ぐらいは必ず目が覚める。そんな時、ノドが渇いていると、冷蔵庫に麦茶を取りにいく。寝室のドアを開けると、居間につながっている。もちろん、居間の電機も消えている。でも、真っ暗ではない。今は明かりがいっぱいあるのだ。
 テレビの主電源の赤色。マルチタップコンセントのスイッチ三つ。加湿器の「おそうじ」ボタン(明日、洗わないと)。こたつの「切」スイッチのLED。ゲーム機のうっすらと光る青色。あした朝の厳しい冷え込みに備えてセットされているヒーターの「おはよう」タイマーの点滅。
 まるで小さなプラネタリウムだ。どの機械も電源は消えている。でも、それぞれが存在を示すように小さな明かりを放ち続けている。
 ぼくは暗闇の中で麦茶を持ったまま、しばらくその真夜中のイルミネーションを見守る。ぼくだけが知っている小さな光のショー。居間の闇を優しく変えてくれる生活の跡。二十代の時は、きっとまともな生活をしていなかったから、気がつかなかった光——。暗闇は相変わらず怖いけど、暗くないと見えないものも、この世界にはきっとたくさんある。
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本日のワンパラ(10/01/20)

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「永久さんなら持っている」

 日本人なら誰でも漢字の読み間違いや誤解で恥をかいたことが一度や二度はあると思う。でも、ぼくはことさらこの分野ではひどい実績の持ち主だ。
「破綻」を「はじょう」と読むのなんて朝飯前で、長年「なだれ」を「雪崩」ではなく「崩雪」と書いてきたり、「月極駐車場」を「月極(げっきょく)」という巨大な駐車場のチェーンだと思い込んだり、かなり恥ずかしい間違いをいっぱいしてきた。そんな中でも、人に話しても「いくらなんでもそれはないだろう」と言われ、ぼくのホラ話だと思われてしまうものがひとつある。あまりにも恥ずかしいので長年ワンパラでは封印してきたが、いい加減時効だと思うので、書いてみることにした。

 ぼくは中学の頃、ある時代劇の大ファンだった。ただ、時代が時代でまだ家にはビデオがなく、よほどメジャーなもの以外はムックも出ていなかったし、グッズなどは皆無だったので、いつもその番組の情報に飢えていた。そんな中、奇跡的にポスターブックが出ることになり、それはもう狂喜乱舞してその本の発売を心待ちにした。
 やっと手に入れたそのポスターブックの表紙には、こう書いてあった。
「永久保存版」
 ふつうならこれを読み間違える人などいないだろう。
 しかし、大変困ったことに、この番組の古くからのスタッフの中に「永久(ながひさ)さん」という人がいた。大ファンだったぼくは、当然スタッフの名前もほとんど記憶していたので、この表紙を見た時、とっさに永久さんの名前が浮かび、「ああ、永久さんが所蔵していたコレクションだったのか」と本気で思ってしまった。事実、永久さんは大変なベテランで、古くからテレビに関わっていたみたいだったので、なんの違和感もなく納得できるものがあった。なので、それからは毎日「永久さんありがとう」と思いながら、いつも「永久保存版」のポスター集を眺めた。
 ここまでならまだいいのだけど、何しろぼくは当時、小学生男子。知性はちょっと賢いバッタ程度しかなかったので、このあと、別のテレビ番組の本でまた「永久保存版」というフレーズを見かけ、「すげー。永久さん、これも集めてたんだ」と本気で思ってしまった。それどころか、よくよく見てみると永久さんは実にいろんなものを集めているようで、それからもしょちゅう永久さんのコレクションが目についた。——いつしかぼくの中で永久さんは世界一のコレクターのイメージにふくれ上がり、勝手に敷地面積10万坪ぐらいの邸宅に、美術館のように無数の貯蔵品がある様子を思い浮かべていた。
 その後、大人になるに従って、さすがに自分のあり得ない間違いに気がついたが、それでも数年間はずっと「驚異のコレクター・永久さん」の存在を信じ続けていた。今でも時々、どうしても見つからないレアアイテムをオークションなどで探している時、ふと「永久さんならもってるんだろうな」と思うことがある。そんな時は大邸宅で億万のアイテムに囲まれて、高らかに笑う「永久さん」の姿が鮮やかに脳裏を駆け巡るのだ。

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本日のワンパラ(10/01/07)

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「40」

 おかしい。
 何か陰謀の匂いがする。
 明らかに当局の仕業ではないかと思う。

 たしかにぼくは今年四十歳だ。でも、人前では平気な顔をしてきたはずだ。年齢の十の桁に「4」を書き込むことが怖くて怖くてしょうがないことなんて誰も知らないはずだ。小学生の頃に「四十歳」のイメージを聞かれたら、「五十や六十と変わらない」と言っていたあの人でなしのぼくをサンドバッグに入れてデンプシーロールを食らわしてやりたいと思っていることなど分かろうはずがない。

 なのに、どうやらどこかで当局に察知されたようだ。何しろ、最近ぼくの年齢を揶揄するようなものがやたらと周りで目立つようになった。たとえばこの前、車で走っていた時、いきなり道路の路面に大きな40という数字が現れた。ものすごく縦に長細く、わざわざ車で走っていても読みやすいように書いてあった。しかも、ちょっと走ると、また同じように道に40って書いてある。冷静に見るとぼくの住んでいる町は、道のあっちこっちに40と書いてあるのだ! まったく、いつの間に! ほかのみんなはまるで気がついていないように普通に真上を走り抜けているけど、ぼくの目はごまかせやしない。明らかにこれはぼくに対するいやがらせだ。

 しかも道路の脇には次から次へ「40」という丸い看板が立てられている。わざわざ赤い丸で囲んである看板だ。走っても走ってもしつこく「40!」「40!」と訴えかけてくる。いったい40がどれだけのものだというのだ。昨日数えてみたらぼくの家の周りだけでも「40」という看板が16もある。今まで気がつかなかったのが逆に不思議で仕方がない。しかも、これもみんな少しも気にしてないようなのだ。ぼくだけがこのことに気がついたのを当局が知ってしまうと危険なので、仕方なく、ぼくは毎日平然と40の数字の上を運転している。なんともない顔をして。

 はっきり言うが、ぼく自身は四十歳なんて全然気にしてないのに。まったくおかしな話だ。

 いや、ほんとに。

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